第64話 力の代償
遺跡調査からの帰路、心春は仲間とはぐれ、一人で謎の広間へ転移させられてしまう。四方の扉はどれも同じ景色に繋がる無限ループの迷宮で、心春は魔物を躱しながら百回以上も同じ部屋に戻され続けた。水も食料も尽きかけ、気力も限界に近づく中、遠い日本の父の顔が脳裏をよぎる。それでも心春は震える足に力を込め、諦めずに立ち上がった。そのとき、遠くから複数の足音が近づいてくる。
小部屋を出てすぐ、すずなたちはその異変に気づいた。
「体がすごく軽いです」
「何これ」
紬も驚いた様子で自分の手足を確認していた。まるで羽が生えたように動きが軽やかになっている。
そのとき通路の先から、大きな昆虫のような、これまで見たことのない魔物が襲いかかってきた。
「うぇぇ。なんか虫もこれだけ大きいと気持ち悪いですね」
紬が少し顔をしかめながらそう言った。
「そうですが、今はそれどころじゃないです」
すずなは咄嗟に剣を構えた。Siren's Graceで水属性を付与しているとはいえ、目の前の敵は明らかにこれまで遭遇してきたどの魔物より強い気配を放っている。
それでも、一撃でその魔物はあっさりと倒れ伏した。呆気ないほどの手応えのなさに、剣を握る手の方が戸惑うほどだった。
「……え?」
紬が呆然とその光景を見つめた。
「今の敵、普段なら勝てるかどうか分からないくらいの相手ですよね」
「はい、多分」
すずなも自分の手を見下ろした。剣を振った感覚がこれまでとはまるで違う。魔物の強さよりも自分たちの強さの方がはるかに上回っている。そのことをはっきりと感じていた。
その後も次々と見知らぬ魔物が行く手を阻んできた。それでもすずなと紬は、これまでにない圧倒的な強さで次々とそれらを退けていった。最初は驚きだったその感覚が、いつしか奇妙な落ち着かなさへと変わっていく。
「先輩、私たちのこの強さって一体……」
紬が剣を鞘に収めながらそう呟いた。声には浮かれた響きがない。むしろ何かを警戒するような硬さがあった。
「Withering Roseの試練の影響だと思うんですけど」
すずなもその胸のざわつきを拭えずにいた。
「私たちがこんなに強くなったら、試練自体簡単になっちゃう気がするんですけど。そんなに甘いものなんでしょうか」
「たしかに、そうですね」
すずなもその疑問に頷いた。指先が無意識に剣の柄を撫でる。何かが引っかかっていた。
「Moon ReturnもSeafoam Fateも、かなり苦労しましたし」
「今回だけこんなに優遇される理由、何かあるはずです」
すずなは慎重に周囲を見渡した。異様なほどの強化。その裏に、何か対価があるのではないかという漠然とした不安が心の隅に芽生え始めていた。
「もしかしたら」
すずなはふと、あることに思い当たった。
「六時間っていう制限時間。もしかして、この圧倒的な強さと引き換えなのかもしれません」
「引き換えですか」
紬の声がわずかに掠れた。
「はい。普段の力なら、もっと時間がかかる。でもその分、時間の余裕はあった。今回は逆に力は圧倒的だけど、時間が極端に短い」
すずなのその推測に、紬は表情を大きく曇らせた。
「それって……」
「はい。この強さは決して楽をさせるためのものじゃなくて。むしろ絶対に六時間以内に終わらせろっていう、試練からの無言の圧力なのかもしれません」
言葉にした瞬間、すずなの喉の奥がひどく渇いた。楽になったと油断していい状況では決してない。むしろこの強さこそが、この試練の本当の厳しさを物語っているのかもしれなかった。
「先輩……もし本当にそうなら」
紬が声を落とした。
「時間切れになったら、この強さの分だけ何か大きな代償が来るってことじゃ」
その言葉に、すずなも息を呑んだ。考えたくもない可能性が、はっきりとした輪郭を持ち始める。
「考えても仕方ありません。とにかく急ぎましょう」
「はい」
すずなはそう言いながらも、鼓動が速くなっていくのを抑えられなかった。二人は改めて気を引き締め、迷宮の奥深くへと足を進めていった。手にした力の大きさが、今はただ不安の重さとしてのしかかっていた。
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