第63話 心春
一体、どれくらいの時間が経ったのだろう。
遺跡調査の依頼を受け、調査は順調に進んでいた。……はずだった。
今回はギルドから依頼を受け、遺跡調査のためのパーティーの応援要員として参加している。かなり奥深い位置まで行くことになったため時間はかかったが、依頼された全ての調査を無事に終えることができた。あとは戻るだけだった。スカウトとして安全なルートを確保しながら慎重に進む。
私がスカウトとして先行し、少し離れた後ろを三人のメンバーが歩いてくる。最後の登り階段まであと少しという所で、メンバーの一人がその安堵感と疲労から段差に躓き、壁に手を触れてしまった。
途端に周囲の壁全体が紫色の光を放ち、視界が紫色に染まる。息を吸い込む間もなく、体が浮くような感覚に襲われた。
気がつくと私は広間のような大きな部屋の隅に、一人で立っていた。
「他のメンバーは……?」
慌てて見渡すが、部屋には誰の存在も感じることはなかった。声を上げても壁に反響するだけで、返ってくるのは自分の声だけだ。
三人がどうなったのか今は分からない。別の場所に転移させられたのか、離れた場所にいた私だけが飛ばされたのか。手のひらにじわりと汗が滲む。
広間を慎重に調べるが、何の反応もなかった。部屋の四方にはそれぞれ扉がある。探ってみても、扉を出てすぐの場所には何もいないようだが、少し離れた先には魔物らしき動きを感じ取った。
幸い、スカウトの能力のおかげで魔物たちを躱しながら迷宮を進むが、しばらくすると扉に突き当たる。慎重に扉をくぐると、最初の部屋と全く同じ景色が現れた。
「同じ……部屋?」
背筋を冷たいものが這い上がった。私は日本にいた時に少し遊んだことのある、ロールプレイングゲームのことを思い出した。
「これってつまり、正解のルートを探さないと出られないってこと……」
思わず声が漏れた。絶望が広がる。四つの扉の先にはまた四つの扉が続く。その先にもまた四つの扉。数えることさえ馬鹿らしくなるほどの分岐が、延々と先に続いていた。
更に廊下には時々魔物が現れる。スカウトの能力で敵を避けながら進むが、分岐の繰り返しで疲労は極限まで溜まっていく。息を切らしながら壁に印をつけ、その後も石を置きながらルートを確認する。どうやら四階層くらいの構造になっているようだ。
すでに百回以上は最初の部屋に戻されている。もう限界に近い。視界の端がちらつき、足元がおぼつかなくなってきていた。
「誰か……」
声を出す気力すら、もうあまり残っていなかった。日本を離れて二年。異世界で一人生きてきた。それでも今回だけは流石に無理かもしれない。壁にもたれ、ずるずると座り込む。手の平を見つめると、指先が細かく震えていた。水も食料も、そろそろ底をつく。
「……お父さん」
不意に頭に浮かんだのは、遠い日本にいる父の顔だった。連絡もせず二年も放っておいてしまった。あの日交わした最後の言葉すら、今はもう正確に思い出せない。もしこのまま、ここで力尽きたら。父は私がどこでどうなったのかも知らないまま、一人取り残されることになる。
「そんなの、駄目」
喉の奥から絞り出すように、その言葉だけがこぼれた。私は力の入らない足に何とか力を込め、もう一度立ち上がった。膝が笑い、壁に手をついてようやく体を支える。それでも視線だけは、まだ前を向いていた。
「まだ、諦めない」
その時だった。
遠くの通路の方から、複数の足音が聞こえてきた。
私は息を止め、その音に全神経を集中させた。魔物か、それとも――。柄を握る手のひらに力がこもる。闇の奥をじっと見つめた。
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