第62話 黄色い石碑
遺跡の中は、しばらく一本道の下りの階段が続いていた。松明の明かりだけが頼りの薄暗い空間を、一行は慎重に進んでいく。空気は湿り気を帯び、時折どこかから低い地鳴りのような音が響いてきた。
「先輩、Lunar Sight使いますね」
紬がそう言って目をわずかに細めた。暗闇の中でも輪郭がはっきりと見え始める。
「私も使います」
すずなはそう言いながらForm Veilを周囲の面々にも展開させた。淡い膜がそれぞれの体を薄く覆う。
「おお……」
ダインが小さく声を漏らし、自分の体を包む膜を確かめるように見下ろした。強張っていた表情がわずかに緩む。
「防御用の加護です。少しでも皆さんの助けになれば」
「助かる」
一行はその恩恵を受けながら階段を下り続けた。足音以外の音がしないことが、かえって不気味だった。
降りきった先、道は二手に分岐していた。
「もう予定の時刻を大幅に過ぎてる」
ダインが険しい表情でそう言った。拳が無意識に握りしめられている。
「トラップに巻き込まれてるなら時間がない」
「二手に分かれましょう」
すずなが提案した。
「私と紬さんで片方を。皆さんはもう片方をお願いします」
「分かった。何かあれば、すぐに連絡を」
そこですずなはふと思い立った。
「あの、念のため。皆さんの武器に水属性を付与してもよろしいですか」
「水属性を付与……?」
ダインが片眉を上げた。意図を測りかねているのが表情に出ていた。
「魔物や魔獣の種類によっては効果が薄い場合もありますが、通常の攻撃力はそのまま発揮できます。逆に水属性が弱点の相手なら、かなり効果があると思います」
ダインはその説明に目を見開いた。
「それはありがてぇ。頼む」
「はい、少々お待ちください」
すずなはSiren's Graceを発動させ、フォレストガードのそれぞれの武器に淡い水色の光をまとわせていった。剣、槍、斧、次々とその刃が輝きを帯びていく。
「これは……力みなぎる感じがするな」
メンバーの一人が武器を握り直しながら、感触を確かめるようにそう呟いた。
「本当に助かる。恩に着る」
ダインが深く頭を下げた。
「お気をつけて」
すずなも丁寧に頭を下げ返した。生きて再び会えることを祈るような、いつもより長い一礼だった。
一行はそこで二手に分かれた。ダインたちの松明の光が奥の暗闇に吸い込まれ、やがて完全に見えなくなった。
すずなと紬が進んだ先には、光る石碑があった。異世界と行き来している石碑によく似ている。ただ、この石碑は鈍い黄色い光を放っていた。まるで内側で何かが今にも弾けようとしているかのような、不穏な明滅だった。
「先輩、なんか色が警告してるみたいで怖いです」
紬が石碑を見つめながらそう言った。声にわずかな震えが混じる。
「何か既に発動してるのか、転移させられるのか……でも、進むしかありません」
すずなもその不吉な輝きに緊張を隠せなかった。喉の奥がひどく渇いている。
「いざとなれば、Moon Returnで退避しましょう。別々の場所に飛ばないよう、しっかり手を握っててください」
「はい」
紬がすずなの手をぎゅっと握った。指先が微かに冷たい。
すずなは意を決して石碑に触れた。
その瞬間、黄色い光が視界いっぱいに広がった。呼吸すら奪われるような一瞬の浮遊感の後、光が収まり、二人は小さな部屋の中に立っていた。すずなの頭の中にだけ、直接何かが流れ込んでくる。
**Withering Roseの試練が開始されます**
**試練を六時間以内に達成せよ**
**達成条件:時間内での解放**
**未達成時:全ての力の消失**
「先輩……? どうしたんですか、急に黙り込んで」
紬が不安げにそう声をかけた。すずなの表情がにわかに強張ったことに気づいたようだった。
「今、頭の中に声みたいなものが聞こえて……試練が始まったみたいです」
「試練……? 私には何も聞こえませんでした」
紬が眉を寄せてそう言った。すずなは一つ頷き、聞こえた内容を思い出しながら言葉にしていく。
「Withering Rose、って名前の試練だそうです。六時間以内に何かを解放しないといけないって。それと」
すずなはそこで一度言葉を切った。伝えるべきかどうか、一瞬の迷いがよぎる。それでも紬に隠しておくわけにはいかなかった。
「達成できなかった場合……全ての力を失う、と」
「力の消失って……」
紬が震える声でそう呟いた。
「まさか加護とか、そういうもの全部」
「分かりません。でも、そう読めました」
すずなはその言葉の重みを、もう一度自分の中で噛みしめた。これまでの試練とはまた違う種類の代償が、そこに示されていた。心臓が嫌な速さで脈打っている。
「そもそも、何を解放するんでしょう」
紬が首を傾げながらそう尋ねた。
「分かりません」
すずなもその言葉の意味を、まだ掴みきれずにいた。
「先輩、絶対六時間以内に終わらせましょう」
紬が強い口調でそう言った。
「はい。心春さんを助けることも含めて」
すずなはその言葉に静かに頷いた。二つの目的が今、はっきりと一つの時間制限の中に重なっていた。刻限という言葉の重みが、じわりと肩にのしかかってくる。
「ん? これって……」
紬が自分の手の甲を見て声を上げた。光る薔薇の紋章が浮かび上がっていた。すずなの手の甲にも同じ紋様が刻まれている。
「何だかすごく体が軽いです」
「私もです」
二人はその変化に驚きながらも顔を見合わせた。歓迎すべき力なのか、それとも何かの前触れなのか、判断がつかない。
「この光る薔薇、なんでしょう」
「なんでしょうね」
答えの出ないまま二人は小部屋の唯一の出口へと足を向けた。扉の先には、これまで見たどの通路とも違う広大な迷宮が広がっていた。奥から吹き込む風には、微かに花の腐ったような甘い匂いが混じっていた。
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