第60話 南の街
旅は順調に進んだ。あれから何泊か途中の宿屋にも泊まったが、すずなが阻止できた一泊以外、全てベッドが一台だけの部屋だった。もっともベッド二台の部屋でも朝になると苦しくて目が覚める。紬が抱きついているというのが、いつものパターンだった。
「もう諦めました」
すずなは朝の光の中、腕の中の温もりを感じながらそう呟いた。
「……ん、おはようございます」
紬が寝ぼけた声でそう返した。半分閉じたままの目の下で、その口元だけがわずかに緩んでいる。
「今日もしっかり抱きついてますね」
「気のせいです」
「もうそのやり取りも慣れました」
すずなは小さく笑いながら体を起こした。
朝食を済ませ二人は旅を再開した。道中景色は少しずつ変化していく。木々の緑が濃くなり、空気も少し湿り気を帯びてきているようだ。
「先輩、なんか雰囲気が変わってきましたね」
「はい。南に近づいてる証拠かもしれません」
すずなは地図を見ながらそう答えた。
「あと、どれくらいで着きそうですか」
「あと二日くらいでしょうか」
「もうすぐですね」
紬の声には期待と少しの緊張が入り混じっていた。道中二人は途中の街のギルドに立ち寄り、簡単な依頼をいくつかこなしながら進んでいった。ちょっとした魔獣退治、荷物運びの手伝いや行商人の護衛。旅の資金の足しにもなり、良い息抜きにもなった。
「この辺りの魔獣、思ったより強いですね」
紬が剣を振るいながらそう言った。
「はい。地域によって生息する魔獣も違うみたいですね」
すずなもSiren's Graceを使いながら応戦した。二人の連携は、これまでの経験ですっかり息が合うようになっていた。呼吸を合わせずとも自然と隙を埋め合う動きに、旅の日数分の積み重ねが表れていた。
翌日遅く、二人はようやく目的の街の近くまで辿り着いた。周囲にはこれまでの街とは少し違う独特な雰囲気が漂っている。
「先輩、あそこ!見えてきました」
紬が遠くに見える街の城壁を指差した。
「本当ですね。ようやく着きましたね」
すずなはその光景に、あらためて長旅の実感を噛みしめた。踏みしめてきた道のりの分だけ、目の前の城壁がひどく大きく見えた。
街の門を抜けると賑やかな市場の声が二人を出迎える。これまで訪れたどの街とも少し違う活気に満ちた雰囲気だった。
「まずはギルドに向かいましょうか」
「はい。心春さんのこと何か分かるかもしれません」
二人は街の中心にあるギルドを目指して歩き出した。長い旅の終着点が少しずつ近づいてきている。それと同時に、これから心春と実際に対面するかもしれないという緊張感も静かに高まっていた。
「先輩、少し緊張してきました」
紬がそう呟いた。指先が無意識に袖口を握りしめている。
「私もです」
すずなはその言葉に静かに頷いた。二年もの間故郷を離れ、一人で生きてきた心春。その人物とようやく出会える日が目前に迫っていた。
ギルドの扉を開ける。中にはこれまで見たどのギルドとも違う、張り詰めた空気が漂っていた。
「あの、すみません」
すずなが受付に声をかけようとした、その時、ギルドの扉が乱暴に叩き開けられた。
「頼む……誰か……!」
息を切らした冒険者が、よろめきながら飛び込んできた。膝に手をつき肩で息をしている。全身が汗と土埃にまみれ、鎧の一部が何かに引きちぎられたように裂けていた。
「遺跡に入ったパーティーが……戻らない……予定より、もう二日も……」
途切れ途切れの声に、ギルド内の空気が一瞬で凍りついた。談笑していた冒険者たちが一斉に振り返り、受付嬢の顔からも笑みが消える。
「落ち着いて。パーティー名は」
受付嬢が男に駆け寄り、その体を支えながら鋭く問いただした。
「ソレイル……五人編成だ。今回はソロのスカウトが、応援で入ってた」
その言葉に、すずなと紬は思わず顔を見合わせた。心臓がどくりと重い音を立てる。
「もしかして……」
紬が震える声でそう呟いた。
「そのスカウトの方のお名前分かりますか」
すずなが思わずその冒険者に駆け寄って尋ねた。声が自分でも分かるほど上ずっていた。
「あ、ああ……確か、ミハルとかいう」
「心春さんです……」
すずなはその事実に、心臓が大きく跳ねるのを感じた。長い旅の果てにようやく辿り着いたはずの再会が、思ってもみなかった形で牙を剥いてきていた。
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