第59話 旅の途中で
長い道のりを二人は少しずつ進んでいった。街道沿いの景色はこれまで見たことのないものばかりで、新鮮な驚きに満ちていた。
「先輩、あの山、凄く綺麗ですね」
「本当ですね。こんな景色初めて見ました」
道中二人は時折立ち止まってはその景色を楽しんでいた。遠くに見える山脈、道端に咲く見知らぬ花、時折姿を見せる小さな野生動物。これまでの依頼中心の旅とは、また違うゆったりとした時間が流れていた。
「こんな風にのんびり歩くの久しぶりですね」
紬が伸びをしながらそう言った。両腕を空に向けて伸ばすと、街での慌ただしさが少しだけ体から抜けていくような気がした。
「はい。いつもは依頼のことで頭がいっぱいでしたから」
「今回も目的はありますけど。少し旅行みたいな気分にもなりますね」
「そうですね」
紬はそう言いながら鞄から小さなカメラを取り出した。
「せっかくなので写真撮っておきましょうか」
「カメラ持ってきてたんですね」
「はい。景色がとても綺麗なので思い出として残しておきたくて」
紬はそう言いながら遠くの山並みにカメラを向けた。ファインダー越しの真剣な横顔には、いつもの拗ねた表情とは違う穏やかさがあった。
「電池が無くなるまで撮れますよ」
「無くなったらどうするんですか」
「その時は一度家に帰った時に充電してきます」
紬はそう言いながら、今度はすずなの方にカメラを向けた。
「先輩、こっち見てください」
「あ、こら。急に」
すずなは少し慌てながらもカメラの方を振り返った。シャッター音が小さく鳴る。
「いい写真が撮れました」
紬は満足そうにその画面を確認していた。液晶に映るすずなの少し驚いた顔に、口元がじわりと緩んでいる。
「私も撮っていいですか」
「はい、どうぞ」
二人はしばらく道中の景色やお互いの姿を写真に収めながら歩き続けた。旅の思い出の記録が少しずつ増えていく。それはただの記録以上の、二人だけの時間の積み重ねでもあった。
一日目の夕方、二人は道中の宿場町に宿を取ることにした。
「今日は私が部屋取ってきますね」
紬がそう言って受付へと向かった。すずなはその後ろ姿を見ながら少し嫌な予感がした。あの足取りの軽さには、覚えがある。
しばらくして紬が鍵を持って戻ってきた。
「取れました」
その顔には隠しきれない上機嫌な様子が滲んでいた。案内された部屋には案の定、大きめのベッドが一台だけ置かれていた。
「またですか」
「あれぇ、おかしいですねぇ」
紬がわざとらしくそう言った。棒読みにも程がある口調に、演技をする気すらないのが逆に清々しい。
「紬、もうその台詞何回目でしょうね」
「気のせいです」
すずなはその返しに思わず笑ってしまった。
夕食を済ませ宿の部屋に戻ると、紬は撮った写真をさっそく見返し始めた。
「今日の分結構撮れましたね」
「はい。景色も綺麗でしたし」
「すずなの写真もたくさん撮れました」
紬はそう言いながら画面をすずなに見せた。景色の写真に混じって、すずなの横顔や少し驚いた表情の写真がいくつも並んでいる。
「これいつの間に」
「歩いてる時とかこっそり撮ってました」
すずなはそこでふと気づいた。
「あ、ちゃんと呼んでくれるんですね、紬」
「え」
紬は少し照れくさそうに頬を赤らめた。
「部屋の中は二人きりなので」
「はい、嬉しいです」
すずなは笑みを浮かべながら続けた。
「撮られてたの全然気づきませんでした」
「すずな景色に夢中になってる時が多いので」
紬は少し悪戯っぽくそう言った。
「今度は二人で一緒に撮りましょうか」
すずながそう提案すると、紬は嬉しそうに頷いた。
「ぜひ!」
二人は並んでカメラを自分たちの方に向けた。
「せーの」
シャッター音が鳴る。画面に映った二人は、どちらも自然な笑顔をしていた。
「いい写真撮れましたね」
「はい。旅の記念になりますね」
その後二人はベッドに並んで横になった。天井の木目を眺めながら、すずなはふと思いついたことを口にした。
「紬」
「はい」
「毎日家に帰ればいいんじゃないでしょうか」
「え」
「加護使えばいつでも家に戻れますし。宿代も浮きますし」
すずなの提案に紬はしばらく黙り込んだ。その沈黙の長さが、答えの重さを物語っていた。
「駄目でしょうか」
「駄目です! 全然駄目です!」
紬がきっぱりとそう答えた。
「なんでですか?」
「だってそれじゃ、こういう時間がなくなっちゃうじゃないですか」
紬はそう言いながらすずなの方に体を寄せた。
「旅先でこうして一緒に過ごす時間。私結構好きなんです」
「そうなんですか」
「はい。それに」
紬は少し拗ねたような声で続けた。
「毎日家に帰ったら、こういうベッド一台のハプニングもなくなっちゃいますし」
「それハプニングじゃなくて紬が狙ってるだけですよね」
「気のせいです」
すずなはそのやり取りにまた笑ってしまった。
「分かりました。今回は旅らしく進みましょうか」
「はい、そうしましょう」
紬は満足そうにすずなの腕にしがみついた。腕に伝わる体温が、旅の一日の疲れをじんわりとほどいていく。
「でも次からたまには家に帰るのもありだと思いますよ」
「それはまた今度いつか多分考えます」
紬の返事は全く考える気の無い返事だった。すずなはその様子に苦笑しながらも、隣の温もりをそっと受け止めた。窓の外、見知らぬ土地の夜が静かに更けていった。明日もまた、この道の先に何が待っているのか、二人にはまだ知る由もなかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。すずなたちなら、こんな時きっと「支えてくれる人がいるから頑張れる」と言うはず。
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