第58話 二年ぶりの報告
その日、二人はまずエルフィの家を訪ねた。
「エルフィさん、報告があります」
すずながそう切り出すと、エルフィはお菓子を頬張りながら、面倒臭そうに視線だけをこちらに向けた。
「何?」
「中村さんの娘さんのこと。名前まで分かりました」
「ほう」
「心春さん、というお名前だそうです。今は南の方の街でスカウトとして活動されているみたいです」
エルフィはしばらく無言のまま、もぐもぐとお菓子を食べ続ける。
「そうか。よく調べたな」
「はい。色々な方に協力していただいて」
「あとは、本人に会うだけだな」
エルフィの言葉に、すずなは静かに頷いた。
「はい。近いうちに会いに行こうと思います。その前に、まず中村さんに報告を」
「そうか。……気をつけてな」
珍しく念を押すようなその一言に、すずなは少しだけ驚いた。
エルフィの家を後にし、二人は加護を頼って中村さんの家へと向かった。
インターホンを鳴らすと、ほどなくして中村さんが姿を現す。
「これは、すずなさん、紬さん。今日はどうされました?」
「あの、心春さんのことが詳しく分かったので、お伝えしに来ました」
すずながそう告げた瞬間、中村さんの表情が一気に緊張したものに変わった。
「本当ですか……」
中村さんは一瞬、言葉に詰まったように黙り込んだ。それから、絞り出すように続けた。
「どうぞ、中へ」
リビングに通されると、すずなはこれまでの経緯を丁寧に説明していった。中村という苗字の噂、隣街の冒険者から聞いた南方の情報、そして王都でようやく判明したはっきりとした名前。
「心春さんというお名前で、間違いないと思います」
「心春……」
中村さんはその名前を、噛みしめるように何度も繰り返した。目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「元気にしてるんでしょうか……」
「まだ直接お会いできていないので確かなことは言えないんですが、腕利きのスカウトとして活躍されているという評判でした」
「そう、ですか……」
中村さんは胸を撫で下ろすように、深く息を吐き出した。
「二年も連絡が取れなくて。生きているのかどうかすら分からなくて、ずっと不安だったんです」
「二年……長かったですね」
「もし良ければ」
すずなは少し迷いながらも、言葉を続ける。
「私たち、近いうちに心春さんに直接会いに行こうと思っています。何か、伝えたい伝言などはありますか?」
「本当ですか……!」
中村さんは身を乗り出した。
「もし会えたら……『元気でいるなら、それだけでいい。無理に帰ってこなくていいから、ただいつでも待っている』って。そう、伝えてもらえますか」
その言葉には、父親としての切実で温かい想いがたっぷりとこもっていた。
「はい。必ず、伝えてきます」
すずなはその約束をしっかりと胸に刻み込んだ。
中村さんの家を後にし、二人は再び異世界へと渡った。
「先輩、いよいよですね」
紬が少し緊張した面持ちで、そう呟く。
「はい。南の方角、というだけで詳しい場所までは分かっていませんが……」
すずなは鞄から、以前ガレットに見せてもらった記憶を頼りに描いた簡単な地図を広げた。
「まずはギルドで、南方の依頼を探してみましょうか」
「そうですね。心春さんのいる街まで、直接行けるような依頼があればいいんですが」
二人はギルドの掲示板の前に立ち、南方面の依頼を一枚ずつ確認していった。
「あ、これどうでしょう」
紬が一枚の依頼書を指差す。護衛や調査の依頼で、行き先が南方の街になっているものがいくつか見つかった。
「行き先の街、ここに書いてありますね」
「はい。この辺りなら、ガレットさんが言っていた方角とも近そうです」
すずなはその依頼書を手に取る。
「討伐や護衛の依頼ですね……私たちのランクでも大丈夫でしょうか」
「難易度を見た限りでは、スクエアランク以上の指定なので、私たちのヘキサゴンランクなら十分こなせそうです」
「良かった。無理して背伸びしなくて済みそうですね」
紬が依頼書の隅に書かれた推奨ランクを確認しながら、ほっとしたように付け加えた。
「日数は、片道一週間くらいかかりそうですね」
「それだけ遠いんですね……」
「はい。それでも、心春さんの街に辿り着く手がかりとしては一番良さそうです」
すずなはあらためて依頼書を見つめ、頷いた。
「これ、受けてみましょうか」
「はいっ」
受付で正式に依頼を受理してもらうと、二人は早速出発の準備に取り掛かった。
「今回は長旅になりそうですね」
「はい。荷物をしっかり準備しなきゃ」
それぞれの部屋に戻り、旅の支度を整えていく。剣、弓、簡単な保存食、そしていつものお土産用の日本のお菓子も、忘れずに鞄に詰め込んだ。
「そういえば」
すずなはふと思い出したように、手を止めて顔を上げる。
「もし途中で何かあっても、この『加護』があればいつでも戻れますよね」
「あ、そうですね。一度通った場所なら、そこまですぐに転移できますし」
「はい。何かあったら一度家に戻って態勢を整えてから、また進んだところまで戻ればいいので、すごく心強いです」
すずなはそう言って、ホッと安心したように微笑んだ。
「便利すぎて、逆にちょっと拍子抜けしちゃいますね」
「ふふ、確かに。でも、せっかくの加護なので、しっかり使いましょう」
「はい!」
その安心感があるおかげで、二人の旅支度にはこれまでにない程よい余裕と、冒険への純粋な高揚感が感じられた。
「出発する前に、エルフィさんにも一応伝えておきましょうか」
「そうですね」
二人は家を出る前、もう一度エルフィの家へと足を運んだ。
「エルフィさん、これから南の方に行ってきます」
すずながそう告げると、エルフィはわずかに真剣な表情になった。
「気をつけろ。遠方は何があるか分からない」
「はい、気をつけます。それに、何かあってもこの加護ですぐに戻れますし」
「そうか。それなら、少しは安心か」
エルフィはふっと息を抜き、少しだけ表情を緩めた。柄にもなく、手にしていた布包みをすずなの鞄にそっと押し込む。
「これも持っていけ。道中の腹の足しくらいにはなる」
「エルフィさん……ありがとうございます」
その短い一言に、すずなと紬はしっかりと頷きを返す。
「はい、行ってきます!」
鞄の中で、お菓子の入った布包みが小さな重みを伝えてくる。その重みを確かめるように、すずなは鞄の紐を握り直し、南の方角へと足を踏み出した。
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