第57話 隠し加護
「先輩、王都ならもっと広い範囲で活動してるパーティーがいるかもしれません」
紬がそう提案した。
「たしかに王都は拠点として活動してる冒険者も多そうですね」
「行ってみましょうか」
二人はMoon Returnで以前訪れたことのある王都のギルドへと直接転移した。石畳の匂いも喧騒も、この間訪れた時と何一つ変わらない。
「本当に便利ですね、これ」
「はい。移動時間全然かからないので」
ギルドの受付カウンターですずなが丁寧に声をかけた。
「すみません少しお伺いしたいことが」
「はい、なんでしょうか」
受付嬢がにこやかに応対する。
「広い範囲で活動しているパーティーの方ご存知ないですか。少しお聞きしたいことがあって」
「広い範囲で……」
受付嬢は少し考える素振りを見せた。それからすずなの顔をまじまじと見つめた。
「あら失礼ですが、あなたもしかして」
受付嬢がそう言いながらすずなの両手をそっと包み込んだ。
「スレッドベルのすずな様でいらっしゃいますか」
「あ、はい。そうです」
すずなは少し戸惑いながら頷いた。名を呼ばれるたびに感じるこのむず痒さには、いまだに慣れる気配がない。
「もちろんです。短期間でヘキサゴンランク昇格、更にあれだけの実績をお持ちの方のお噂は、こちらまで届いておりますわ」
受付嬢はそう言いながらすずなの手をさらにしっかりと握った。
「広い範囲で活動されているパーティーでしたら、少々お待ちくださいませ。すずな様のためなら、いくらでもお調べいたします」
「あ、ありがとうございます……」
すずなはその熱量に少したじろぎながらも丁寧に礼を言った。その様子を隣で見ていた紬が深くため息をついた。
「やっぱり、これ絶対何かあります」
「え」
「先輩にだけ女性がみんな異様に丁寧になるの。何か特殊な隠し加護とかあるんじゃないですか」
紬が少し拗ねたようにそう言った。眉根を寄せたその顔には、拗ねているというより本気で疑っている色が滲んでいる。
「そんな加護聞いたことないですけど」
「じゃあなんでいつもこうなるんですか」
「私にも分かりません……」
すずなは困ったようにそう答えるしかなかった。自分にだけ向けられるこの妙な引力の正体が分かれば苦労はしない。
しばらくして受付嬢が一組のパーティーを案内してきた。がっしりとした体格の戦士たちが揃ってこちらにやってくる。地響きにも似た足音に、周囲の視線が自然と集まった。
「こちらの方々が広範囲で活動されているノナゴンランクのパーティーです」
「ノナゴン……」
すずなと紬はその実力の高さに思わず息を呑んだ。
「俺は鉄の牙のボルクだ。嬢ちゃんたち聞きたいことがあるって?」
リーダーらしき大柄な戦士がそう名乗った。他のメンバーもそれぞれ屈強な体つきをしている。並んだ姿だけで、歴戦の重みが伝わってくるようだった。
「はい。私たち探している方がいて。もしかしたら情報をご存知かもしれないと思って」
すずなが異世界人のスカウトについて説明すると、ボルクは少し考える素振りを見せた。
「異世界人の腕利きって話なら、俺たちも聞いたことがあるな」
その一言に、すずなと紬は思わず身を乗り出した。
「本当ですか」
「ああ。うちのスカウトが詳しいはずだ。おい、リン!」
ボルクがそう言って振り返ると、屈強な仲間たちの陰から小柄な人影がおずおずと姿を現した。
「私、鉄の牙でスカウトをしてますリンです」
そう名乗った女性はボルクたちとは対照的に華奢な体つきをしていた。大柄な戦士たちの後ろにすっぽりと隠れていたため、すずなと紬は今の今までその存在に気づいていなかった。
「異世界の方の噂なら少し知ってます」
「教えていただけますか」
「はい。名前はたしか……ミハル、って聞いた気がします」
「ミハル……」
すずなはその名前を口の中で繰り返した。中村さんの話にあった心春という名前と重なる響きに、指先がわずかに冷たくなる。
「その方もしかして日本人らしい雰囲気の方でしたか」
すずなが尋ねるとリンは頷いた。
「はい。お二人とよく似た雰囲気の黒髪の方ですね。こちらの世界では黒髪って珍しいので」
「黒髪……」
すずなと紬は思わず自分たちの髪にそっと触れた。
「心春さん……」
紬が確信を込めてそう呟いた。声には探し続けてきた手がかりがようやく形を持ち始めた喜びが滲んでいた。
「ようやく名前まで分かりましたね」
「はい」
すずなはその手がかりに静かに心を躍らせていた。リンとのやり取りを見ながら、紬はふとあることに気づいた。
「そういえばリンさんは先輩に対して普通ですね」
「え?」
「さすが高ランクなだけあります。先輩の、あの裏加護にも影響受けないんですね」
紬はまだ少し拗ねた様子でそう続けた。
「そういえばエルフィさんも先輩に対して普通ですし」
「だからそんな加護無いですって」
すずなは少し困ったようにそう返した。それからふと気づいたように呟いた。
「さっきは隠し加護って言ってませんでしたか」
「え」
「なんか加護の種類まで変わってる気が」
「気のせいです」
紬はそう言い切ると、それ以上追及されないようさっさと話題を変えてしまった。目が微かに泳いでいるのを、すずなは見逃さなかった。
「怪しいです、絶対」
紬の疑いはまだ晴れそうになかった。
すずなはその様子を少し苦笑しながら見つつ、鞄からお菓子の詰め合わせを取り出した。
「あの、お話を聞かせていただいたお礼に。良かったらどうぞ」
「え、いいんですか」
リンが目を輝かせながらその包みを受け取った。
「わあ……! これ日本のお菓子ですよね」
「はい、良かったら」
リンはさっそく包みを開けて中身を確認した。
「可愛い……こんなに色々入ってるんですね」
その様子に隣で見ていたボルクたちが少し意外そうな顔をした。
「リン、そんな嬉しそうな顔するんだな」
「うるさいですよ。女の子はみんなスイーツ好きなんです」
リンはそう言い返しながらも、大切そうにその包みを抱えていた。
「俺にも少し分けてくれよ」
ボルクがそう言いながら包みに手を伸ばそうとした。
「駄目です。これは私のです」
リンが素早く包みを後ろに隠した。庇うように抱え込んだその仕草が、意外なほど子供っぽい。
「なんだよ、ケチ」
「ケチじゃないです。お礼として私がいただいたものなので」
その意外な独占欲を見せる二人のやり取りに、すずなは思わず笑ってしまった。
「あの、ボルクさんたちも良かったら」
すずなはもう一つお菓子の詰め合わせを鞄から取り出しボルクに差し出した。
「お召し上がりください」
「お、いいのか」
ボルクの表情が途端に明るくなった。がっしりとした体格からは想像もつかないほど嬉しそうな顔をしている。
「男の癖にそんな顔するんですね」
今度はリンが少し意地悪そうにそう言った。
「うるさい。甘いものに男も女も関係ないだろう」
ボルクはそう言い返しながら、包みを大切そうに受け取った。その様子にすずなと紬は顔を見合わせて微笑んだ。
「なんだか皆さん意外な一面が見られましたね」
「はい。お菓子一つでこんなに盛り上がるとは思いませんでした」
帰り道、紬が少し興奮した様子でそう言った。
「先輩、これで名前まで分かりましたね」
「はい。あとは実際に会える機会があれば」
すずなはそう言いながら心春という名前を心の中に大切に刻み込んだ。長い間追い続けてきた手がかりが、ようやく確かな輪郭を結び始めていた。
再びMoon Returnを使い、二人は家へと帰った。部屋に着いても紬はまだどこか拗ねた様子のままだった。
「紬さん、まだ拗ねてるんですか」
「……別に、拗ねてません」
紬はそう言いながらも明らかに口を尖らせていた。すずなは小さく笑いながら両手を広げた。
「おいで紬」
「え」
「二人きりの時の呼び方、忘れたんですか」
すずながそう言うと、紬は少し驚いた様子を見せた。それから素直にすずなの胸に飛び込んだ。
「すずな……」
すずなはその体をそっと抱きしめた。腕の中で紬の緊張が少しずつほどけていくのが分かった。
「本当に隠し加護とか無いですからね」
「……分かってます。ちょっと拗ねてただけです」
紬はそう言いながらすずなの胸に顔をうずめた。その声にはもういつもの明るさが戻り始めていた。
「すずな、大好きです」
「私も大好きです、紬」
静かな部屋の中、二人はしばらくそのまま抱き合っていた。窓の外、異世界の夜が優しく二人を包み込んでいた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。すずなたちなら、こんな時きっと「支えてくれる人がいるから頑張れる」と言うはず。
この物語も、読んでくださる皆さんに支えられています。「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価という"応援魔法"を、ぜひ授けてください。
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