第50話 星空の下で
昼、すずなの頭に直接何かが流れ込んできた。
**Seafoam Fateが開始されました**
「これは……」
すずなはその感覚に覚えがあった。試練が始まった証だった。
続けて頭の中に試練の詳細が浮かび上がってくる。
**真実の想いを届けられなければ消滅する**
**制限時間:八時間**
「消滅……?」
すずなはその言葉の意味を必死に考えた。想いを伝えなければいったい何が消えるというのか。
考えを巡らせるうち、すずなはハッと気づいて青ざめた。
自分が消える。
それがこの試練の本当の意味だった。
「たった八時間で……」
すずなは震える手で自分の胸を押さえた。想いを言葉にしなければ自分の存在そのものが消えてしまう。おとぎ話の残酷さをあらためて思い知らされた。
すぐにでも紬に会って想いを伝えなければならない。すずなはそう決意し急いで身支度を整えた。
だがその日に限って紬とはうまく連絡がつかなかった。紬は朝から街での配達依頼を受けていた。
「紬さん、どこに……」
すずなは何度も街を歩き回り紬の姿を探した。それでもなかなか見つからない。
気づけばもう四時間が過ぎていた。残された時間は半分ほどしかない。
「もし、このまま会えなかったら」
その考えが頭をよぎる度、すずなは体の芯が冷たくなるのを感じた。せっかく決意した気持ちを伝えられないまま消えてしまうのだろうか。
ギルドに立ち寄り事情を尋ねると受付嬢が心配そうな顔で教えてくれた。
「紬様なら街の外の街道で、荷馬車が動かなくなって立ち往生されているそうです」
「街の外……」
すずなはその情報を聞くとすぐに街を飛び出した。既に残り時間は二時間ほどしかなかった。日は西の空に大きく傾いている。
街の門を抜け、すずなは街道をひたすら走った。制限時間が迫っていることは体感でもはっきりと分かっていた。
しばらく進むと遠くに動かなくなった荷馬車とその傍らに立つ紬の姿が見えた。
「紬さん!」
すずなが大きく声を上げると紬が驚いた様子で振り返った。
「先輩!?なんで、こんなところに」
「良かった、無事で」
すずなは息を切らしながら紬のもとへ駆け寄った。
「車輪が壊れちゃって。今、修理を頼んでるんですけど」
「そう、だったんですね」
すずなは荒い息を整えながら紬の顔をまっすぐに見つめた。もう迷っている時間はない。
「紬さん、少しいいですか」
「はい……?なんですか、改まって」
紬はすずなの様子がいつもと違うことに気づいたようだった。
すずなは紬の手を取り街道の脇、少し開けた場所へと誘った。空はすでに藍色に染まり始めていた。
「先輩?」
「本当は今日の夜、星を見ながら伝えたかったんです」
すずなはそう言いながら空を見上げた。まだ日は完全には沈みきっていない。それでも東の空にはすでにいくつかの星が瞬き始めていた。
「伝えたかった、こと……」
紬が緊張した様子でそう繰り返した。
すずなは大きく息を吸い込んだ。
「紬さん」
「はい」
「私は、紬さんのことが大好きです」
その言葉は静かに、しかし確かに夕暮れの空気の中に響いた。
紬はしばらくその言葉の意味を噛みしめるように黙っていた。それから目にじわりと涙を浮かべた。
「先輩……」
「ずっと行動でしか示してこなかったので。ちゃんと言葉にしたくて」
すずなは少し照れくさそうにそう続けた。
「先輩、私も」
紬が涙を拭いながら、すずなの手を強く握った。
「私も好きです。ずっと大好きでした」
その言葉にすずなも目頭が熱くなった。
「先輩、どうして今日だったんですか」
紬が少し不思議そうに、そう尋ねた。
「急にこんな場所に連れてこられて。しかもこんなに慌てた様子で」
すずなは少し言葉を選ぶように、間を置いた。
「実は……」
すずなは、今日、目覚めた瞬間から起きたことを順を追って話し始めた。試練が始まったこと。想いを届けられなければ、消えてしまうという条件のこと。紬を探し回っていたここ数時間のこと。
紬はその話を聞くうちに、みるみる顔から血の気が引いていった。
「消え……そんな、知らなかった……」
「はい。私も、今日初めて知りました」
「じゃあ、もし、私が見つからなかったら」
紬の声が震えていた。すずなは静かに首を横に振った。
「それでも、私は伝えたかったんです」
「え」
「もし、間に合わなくて消えてしまうとしても。最後に、自分の気持ちを紬さんの中に残せるなら。それで良かったんです」
すずなの言葉に、紬はしばらく何も言えなくなった。それから堪えきれなくなったように、すずなに、強く抱きついた。
「そんなの……そんなの、駄目です」
「紬さん」
「消えるかもしれなかったのに、それでも伝えようとしてくれたなんて」
紬の声は、涙で掠れていた。
「もう絶対そんな危ないこと、しないでください」
「はい……ごめんなさい」
すずなは、その腕の中で静かに頷いた。
夕暮れから夜へと変わっていく空の下、二人はしばらく抱き合ったまま動かなかった。星々が少しずつその数を増やしていく。
その瞬間すずなの頭の中に、あの感覚が流れ込んできた。
**Seafoam Fateの試練をクリアしました**
**Siren's Graceが使用可能になりました**
**Form Veilが使用可能になりました**
その表示をすずなはどこか遠くの出来事のように、ぼんやりと眺めていた。試練のことも消えるかもしれなかった恐怖のことも、今はもうどうでもよかった。
大切だったのは、ただこの胸にある想いをちゃんと紬に届けられたということだった。
腕の中の温もりをすずなは改めて紬を強く抱きしめ返した。星々が瞬く夜空の下、二人が交わした言葉はこれから先もずっと、この胸に残り続けるのだろう。
それだけで十分だった。
51話から毎朝7:10と18:10の1日2回更新となります。ストックはまだまだ250話以上ありますので、これからも毎朝の楽しみにしていただければ幸いです!
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