第48話 噂
クラリスから、王都の伯爵家の領地までの護衛依頼を紹介されたすずなと紬は、これを引き受けた。王都までの道中、宿場町での一泊を経て、二人は無事に王都へと到着した。
王都の伯爵邸に到着すると、依頼主の伯爵が家族とともに、出迎えてくれた。
「よく来てくれた。クラリス嬢からの紹介とあらば、安心して任せられる」
「よろしくお願いいたします」
伯爵の隣には、二人の令嬢が並んで立っていた。
「娘たちだ。姉のセレスと、妹のリナだ」
「初めまして、セレスです」
「リナです、よろしくお願いします」
二人は、それぞれ丁寧に頭を下げた。それでも、その視線はどこかすずなに釘付けになっていた。
「あの、失礼ですが」
セレスが、少し頬を染めながら口を開いた。
「もしかして、お姉様と呼ばれている、すずな様でいらっしゃいますか」
「え、私の事、ご存知なんですか」
すずなは、驚いた様子でそう尋ねた。
「はい。クラリス様から、少しお話を伺っておりまして」
「そうだったんですね」
すずなが、そう答えると姉妹は顔を見合わせて、少し嬉しそうに微笑んだ。
準備を整え、翌朝一行はいよいよ領地へ向けて、馬車の旅を始めることになった。伯爵家からは、専属の護衛も、同行することになった。セレスとリナには、それぞれ一人ずつ専属の女性護衛が付き、伯爵家全体の護衛も四人。すずなと紬を合わせると一行は合計で八人の護衛団となっていた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ。腕利きのお二人と一緒とは心強い」
護衛隊長らしき男が、そう言って握手を求めてきた。すずなは丁寧にその手を握り返した。
道中、セレスとリナは少しずつ、すずなや紬と、打ち解けていった。
「すずな様は、剣も魔法も両方使えるんですね」
セレスが感心した様子で言った。
「はい、最近、少しずつ魔法の方も練習してます」
「わたくしも、剣の稽古しているんです。今度、見ていただけますか」
リナが、目を輝かせながらそう頼んだ。
「はい、もちろんです」
道中三日目、街道を外れた区間で、一行は狼の魔物の群れに襲われた。
「魔獣です!」
護衛隊長の声が響き渡る。すずなと紬はすぐに、馬車の周りへと展開した。
「紬さん、令嬢たちを」
「はい、お任せください」
すずなが前衛で狼を斬り伏せていく。伯爵家の護衛たちも、それぞれの持ち場で応戦していた。
「先輩、こっちも片付きました」
紬の声に、すずなは頷いた。数分ほどの激しい戦闘の後、狼の群れは全て退けられた。
「見事な腕前だ」
護衛隊長が感心したように、そう言った。
基本的には、街を経由しながら宿を取る旅程だったが、一日だけ街のない区間を通るため、野営をすることとなった。
夜、焚き火を囲みながら、すずなは鞄から、日本のお菓子を取り出した。
「皆さん良かったら」
すずなが護衛たちに細長い個包装のお菓子を、一本ずつ配った。ショートブレッドだった。
「これは……」
護衛隊長が、一口かじると目を見開いた。
「美味いな、これは。ドライフルーツが入っているのか」
「はい。栄養もしっかり摂れるので。旅の携行食に良いんです」
「異国の食べ物とは、思えないほど洗練されているな」
他の護衛たちも、次々とそのお菓子を頬張り、感心した様子を見せていた。セレスとリナだけでなく伯爵も興味深そうにそれを口にしていた。
「本当ですね、美味しいです」
「先輩、こういうの、いつも持ち歩いてるんですか」
紬がそう尋ねると、すずなは少し照れくさそうに頷いた。
「非常食として便利なので」
焚き火を囲んだ夜は、そうして和やかな雰囲気のまま更けていった。
さらに数日経った頃、一行は、ようやく伯爵の領地に到着した。王都とはまた違った、のどかな雰囲気の街だった。
「ここが私たちの領地だ。長期間に渡る護衛、ご苦労だった」
伯爵がそう労いの言葉をかけた。
すずなと紬は、伯爵一家を屋敷まで送り届け、依頼の完了を領地のギルドへと報告しに向かった。
ギルドの受付で依頼完了の手続きを済ませていると、受付嬢が、ふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、お二人は王都近くの冒険者ですよね」
「はい、王都から1日くらいの距離ですね」
「実は、少し前にも似たような雰囲気の方が、いらっしゃったんです」
その言葉に、すずなは少し興味を引かれた。
「似たような、雰囲気ですか」
「はい。言葉に少し独特の訛りがあって。もしかしたら、お二人と同じように異世界の方だったのかもしれません」
「異世界の方が他にも……」
すずなと紬は、思わず顔を見合わせた。
「その方、今もこの街にいらっしゃるんでしょうか」
紬が、身を乗り出して尋ねた。
「いえ、もう随分前に旅立たれたようです。詳しい事までは分からないんですが」
受付嬢は、そう言いながら少し記憶を辿るように、首を傾げた。
「確か、お名前は……同じパーティーの方からは中村さん、と呼ばれていた気がします」
「中村……」
すずなは、その名前口の中で繰り返した。
「知り合いの方、ですか」
紬がそう尋ねると、すずなは首を横に振った。
「いえ、聞いたことのない名前です。でも間違いなく日本人ですよね」
「そう、みたいですね」
すずなは、その話を聞きながら心のどこかに、小さいが確かな気配を感じていた。自分たち以外にも、この世界に迷い込んだ異世界の方がいる。それ誰なのか今はまだ分からない。それでも、いつかまた、その存在に出会う日が来るような、そんな予感がしていた。
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