第45話 誕生日
すずなの誕生日が近づいていた。
「先輩、静かに二人でお祝いしましょうね」
紬がそう言いながら、市場で果物やお菓子を選んでいた。すずなも隣で、少しはにかみながら頷いた。
「はい。あまり大袈裟にしなくてもいいので」
そう話していた矢先、後ろから聞き覚えのある声がかかった。
「お姉様!」
振り返ると、クラリスが目を輝かせながら、こちらに駆け寄ってくるところだった。
「クラリス様」
「まあ、こんなところで。お買い物ですか」
「はい、実は今日、わたしの誕生日で」
すずながそう答えると、クラリスの瞳がさらに大きく見開かれた。
「お誕生日……!それは大変です。是非うちの庭で、お祝いさせてくださいませ」
「あ、いえ、そこまでしていただかなくても」
「駄目です。お姉様の晴れの日を簡単に済ませるわけには」
クラリスの勢いは止まらなかった。紬は隣で、少し諦めたような表情を浮かべていた。
「先輩、多分、断っても無駄だと思います」
「そう、ですね……」
その日の昼過ぎ、クラリスの屋敷から従者の一人がギルドに使いとして訪れた。
「本日、クラリス・エルデグリーン様の邸宅にて、すずな様のお誕生日会を開催いたします。参加をご希望の方は、どうぞ遠慮なくお越しください」
その知らせはギルドの中に、あっという間に広まった。冒険者たちが次々と、その話題で盛り上がり始める。
夕方、クラリスの屋敷の庭には思いがけない顔ぶれが次々と集まっていた。
「すずなちゃんのお誕生日おめでとう!」
フラワークラウンのシエルが真っ先に駆けつけてきた。フィオナとミレイも、その後ろから笑顔で手を振っている。
「お祝いの席があるって聞いて来ちゃいました」
「久しぶりですね、皆さん」
すずなが、そう言うとダーレンとイオの夫婦も、庭の入り口から姿を見せた。
「誕生日おめでとう。今度また何か力になれることがあればいつでも言ってくれ。」
「ありがとうございます」
さらにギルドの受付嬢まで、両手いっぱいに花束を抱えてやって来た。
「すずな様、おめでとうございます。今日という日を心よりお祝い申し上げます」
「ど、どうして皆さんここに?」
すずなが困惑していると、クラリスが得意げに胸を張った。
「私共がギルドにいらっしゃる方達に声をかけて回りましたの」
「ギルドにまで……」
ギルドの食堂で、いつも世話を焼いてきた女性パーティーの面々も次々と到着し、庭はあっという間に賑やかな声で満たされていった。
「すずなちゃん、おめでとう」
「はい、あーん。お祝いのケーキです」
「今日は主役なんだから、遠慮しないで」
すずなは次々と差し出される料理や祝福の言葉に、たじたじになりながらも、その温かさに少しずつ頬を緩めていった。
少し離れた木陰では、エルフィが小さなケーキをホールごと確保しており、食べながらその騒ぎを静かに眺めていた。
「賑やかだな」
その呟きは誰にも拾われなかった。
宴も落ち着いてきた頃、クラリスがそっと紬に近づいてきた。
「紬様、少しよろしいですか」
「あ、はい」
紬は少し身構えながら、庭の隅へとクラリスについていった。
「今日はお姉様のために、こんなに人が集まってくれて。嬉しいです」
「そうですね。すごい人数になりましたね」
紬がそう答えると、クラリスは少し視線を落とした。
「紬様」
「はい」
「わたくし正直に申し上げますわ」
クラリスの声は、いつもの勢いとは違いどこか素直な響きをしていた。
「初めてお姉様にお会いした時。あの護衛の日、紬様がずっとお姉様の隣にいらっしゃるのが羨ましくて、仕方ありませんでしたの」
「え」
紬は、その言葉に驚いた顔をした。
「わたくしお姉様を独り占めしたくて。だから、あの時、紬様を追い出すようなこともしてしまいました」
「あの時の……」
「はい。今更ですけれど、あれは大変失礼で酷いことをしたと思っております」
クラリスは深く頭を下げた。
「紬様には、ずっとお姉様の隣にいる資格があったのに」
紬はしばらく何も言えずにいた。それから小さく息を吐いた。
「クラリス様の気持ち、なんとなく分かる気がします」
「紬様……」
「私も最初、クラリス様のこと、すごく警戒してましたから」
紬は少し笑いながら、そう続けた。
「でも今日、こんなにたくさんの人を集めてくれて。本当に先輩のこと、大切に思ってくれてるんだなって伝わりました」
クラリスは、その言葉に、しばらく何かを考えるように黙っていた。それから意を決したように顔を上げた。
「紬様。わたくし決めましたわ」
「え」
「わたくしはすずな様と紬様が、お二人で幸せに暮らしていけるよう、陰ながら応援いたします。ファンクラブを立ち上げますわ!」
「え、えっと」
紬は突然の宣言に少し戸惑った。
「紬様をすずな様の恋人として、正式に認めますわ」
「そこまで、はっきり言われると恥ずかしいですけど」
紬は少し照れくさそうに頬をかいた。
「わたくしはすずな様のファンクラブ会長として、これからも、すずな様を応援したいと思っております」
「クラリス様……」
その言葉に紬は少し驚きながらも、自然と微笑んでいた。
「じゃあ、これからもよろしくお願いします」
「はい、喜んで」
二人はそこで初めて対等な立場で笑い合った。庭の向こうでは、まだ賑やかな祝福の声が続いている。すずなは、その輪の中心で少し困りながらも幸せそうな表情を浮かべていた。
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