第43話 クリスマス
十二月、クリスマスの夜。すずなの部屋には小さなケーキと二人分のグラスが用意されていた。
「先輩、メリークリスマスです」
紬がそう言いながらプレゼントの包みを差し出した。
「あ、ありがとうございます。私も用意してます」
すずなも鞄から小さな箱を取り出した。
「開けてもいいですか」
「はい、どうぞ」
紬が包みを開けると、中には月をかたどったシンプルなペンダントが入っていた。
「これ、月のペンダントです」
すずなが、そう説明した。
「紬さんの血に流れる、月の力にちなんで。似合うと思って」
「先輩……」
紬はそのペンダントを、大切そうに両手で包んだ。
「私のも開けてください」
すずなが渡された箱を開けると、中には小さな鈴に細いリボンのモチーフが添えられたペンダントが入っていた。
「これは……」
「すずな先輩の名前の鈴です。リボンは紡ぐって意味も込めました」
「紬さん……」
すずなは、そのペンダントをまじまじと見つめた。
「私も同じような繋がりを込めたもの選んでたなんて」
「先輩もですか」
紬が驚いた様子で、そう尋ねた。
「はい。示し合わせたわけでもないのに」
二人はその偶然に思わず顔を見合わせて笑った。
「先輩、つけてもいいですか」
「はい」
紬はすずなの首に、鈴とリボンのペンダントを、そっとかけてあげた。
「私も」
すずなは月のペンダントを、紬の首にそっとかけた。
「お互い月の繋がりですね」
「はい」
二つのペンダントが静かに光っていた。
ケーキを分け合いながら、二人は他愛のない話をして過ごした。窓の外には静かに街の明かりが灯っている。
「先輩、今年は色々ありましたね」
「はい。まさか異世界に行くことになるなんて、思ってもいませんでした」
「私も、まさか先輩と一緒に暮らせる日が来るなんて」
紬の声は少ししみじみとしていた。
「来年はもっと色々変わりますね」
「はい。私も卒業しますし」
「お互い、新しいこと始まりそうですね」
二人は顔を見合わせて小さく笑った。
「先輩」
「はい」
「今年一年、ありがとうございました」
紬がそう言いながら、すずなの肩にそっと頭を預けた。
「私も紬さんに感謝してます」
すずなはその頭をそっと撫でた。
「来年もよろしくお願いします」
「はい。ずっとよろしくお願いします」
その言葉の重みにすずなは少し頬を緩めた。窓の外、雪がちらほらと降り始めていた。二人だけの静かなクリスマスの夜は、そうして更けていった。
年が明け、二人は近くの神社へ初詣に出かけた。
「先輩、何お願いしました?」
「秘密です」
「ずるいです、私も言いませんけど」
そんなやり取りをしながら二人は参道を歩いた。屋台の匂いが冷たい空気の中に漂っている。
「あ、串焼き売ってます」
紬が、屋台の一つを指差した。
「エルフィさんが喜びそうですね」
「本当ですね。今度あちらに行く時に串焼きを買って帰りましょうか」
お土産を選ぶことが、二人の中で当たり前の習慣になっていた。
初詣を終えた帰り道、すずなはふと立ち止まった。
「紬さん、私、以前、お話ししたこと実行することにしました。」
「何をですか」
「前お話した仕事を辞める話、来月には辞めるって上司に伝えようと思います」
その言葉に紬は、少し身が引き締まったような顔をした。
「本当に伝えるんですね」
「はい。田舎に引っ越すことにした、という理由で伝えようと思います」
「田舎ですか」
「はい。異世界のこと話すわけにはいきませんから」
すずなは少し苦笑した。
数日後、すずなは実際に上司に退職の意向を伝えた。
「田舎に引っ越すことにしまして。事情があって、しばらく都会を離れることになりました」
上司は少し驚いた様子だったが、それ以上深くは詮索しなかった。
「そうか。楠さんにはお世話になったな。寂しくなるよ」
「こちらこそ、お世話になりました」
退職の手続きは思ったよりも、すんなりと進んだ。
退職の日が近づき、会社ではささやかな送別会が開かれることになった。
「楠さん、本当に辞めちゃうんですね」
同僚が少し寂しそうに、そう言った。
「はい。お世話になりました」
「田舎、どの辺なんですか」
「あ、その、まだ詳しくは……」
すずなは少し言葉を濁した。噓をつくのは、あまり得意ではない。それでも、これ以上詳しく聞かれないよう話を逸らした。
会の終わりに上司が皆の前で少し話をした。
「楠さんは、この四年間本当に真面目に仕事をしてくれました。丁寧な仕事ぶりは私たちにとってもいい手本でした」
その言葉に、すずなは少し目頭が熱くなった。
「ありがとうございます」
「新しい生活、うまくいくことを祈ってます」
同僚たちから寄せ書きの入った色紙と小さな花束が贈られた。
「楠さん、たまには連絡くださいね」
「はい、必ず」
すずなはそう答えながら、少し心の中で複雑な気持ちを抱えていた。もう、この人たちと日常的に顔を合わせることはないのかもしれない。それでも後悔はなかった。
会社を出て駅までの道を一人で歩く。手には花束と色紙。
スマホが震えた。紬からのメッセージだった。
『送別会、どうでしたか?』
すずなは少し微笑みながら返信を打った。
『無事、終わりました。今から帰ります』
『お疲れ様です。今日はゆっくり休んでくださいね』
その優しい言葉に、すずなは心が少しずつ軽くなっていくのを感じた。長く勤めた場所を離れる寂しさと、これから始まる新しい生活への期待。二つの気持ちを抱えながら、すずなは夜の道を駅へと向かって歩いていった。
荷物の整理も少しずつ進めていく。
「先輩、残った荷物どうします?」
紬がそう尋ねた。
「少しだけ紬さんの家に置かせてもらってもいいですか?」
「もちろんです。いくらでもどうぞ」
本棚に並んだ本の一部、思い出の品、季節ごとの衣類。すずなは、それらを少しずつ紬の部屋へと運び込んでいった。
「なんか、私の部屋、先輩の物が増えてきましたね」
紬が嬉しそうに、そう言った。
「はい。ご迷惑かけます」
「迷惑なんかじゃないです。むしろ嬉しいです」
その言葉に、すずなも笑顔で頷いた。長く住んだ部屋を離れる寂しさより、これから始まる新しい生活への期待の方が、少しずつ大きくなっていた。




