↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

44/53

第43話 クリスマス

 十二月、クリスマスの夜。すずなの部屋には小さなケーキと二人分のグラスが用意されていた。


「先輩、メリークリスマスです」


 紬がそう言いながらプレゼントの包みを差し出した。


「あ、ありがとうございます。私も用意してます」


 すずなも鞄から小さな箱を取り出した。


「開けてもいいですか」

「はい、どうぞ」


 紬が包みを開けると、中には月をかたどったシンプルなペンダントが入っていた。


「これ、月のペンダントです」


 すずなが、そう説明した。


「紬さんの血に流れる、月の力にちなんで。似合うと思って」

「先輩……」


 紬はそのペンダントを、大切そうに両手で包んだ。


「私のも開けてください」


 すずなが渡された箱を開けると、中には小さな鈴に細いリボンのモチーフが添えられたペンダントが入っていた。


「これは……」

「すずな先輩の名前の鈴です。リボンは紡ぐって意味も込めました」

「紬さん……」


 すずなは、そのペンダントをまじまじと見つめた。


「私も同じような繋がりを込めたもの選んでたなんて」

「先輩もですか」


 紬が驚いた様子で、そう尋ねた。


「はい。示し合わせたわけでもないのに」


 二人はその偶然に思わず顔を見合わせて笑った。


「先輩、つけてもいいですか」

「はい」


 紬はすずなの首に、鈴とリボンのペンダントを、そっとかけてあげた。


「私も」


 すずなは月のペンダントを、紬の首にそっとかけた。


「お互い月の繋がりですね」

「はい」


 二つのペンダントが静かに光っていた。


 ケーキを分け合いながら、二人は他愛のない話をして過ごした。窓の外には静かに街の明かりが灯っている。


「先輩、今年は色々ありましたね」

「はい。まさか異世界に行くことになるなんて、思ってもいませんでした」

「私も、まさか先輩と一緒に暮らせる日が来るなんて」


 紬の声は少ししみじみとしていた。


「来年はもっと色々変わりますね」

「はい。私も卒業しますし」

「お互い、新しいこと始まりそうですね」


 二人は顔を見合わせて小さく笑った。


「先輩」

「はい」

「今年一年、ありがとうございました」


 紬がそう言いながら、すずなの肩にそっと頭を預けた。


「私も紬さんに感謝してます」


 すずなはその頭をそっと撫でた。


「来年もよろしくお願いします」

「はい。ずっとよろしくお願いします」


 その言葉の重みにすずなは少し頬を緩めた。窓の外、雪がちらほらと降り始めていた。二人だけの静かなクリスマスの夜は、そうして更けていった。


 年が明け、二人は近くの神社へ初詣に出かけた。


「先輩、何お願いしました?」

「秘密です」

「ずるいです、私も言いませんけど」


 そんなやり取りをしながら二人は参道を歩いた。屋台の匂いが冷たい空気の中に漂っている。


「あ、串焼き売ってます」


 紬が、屋台の一つを指差した。


「エルフィさんが喜びそうですね」

「本当ですね。今度あちらに行く時に串焼きを買って帰りましょうか」


 お土産を選ぶことが、二人の中で当たり前の習慣になっていた。

 初詣を終えた帰り道、すずなはふと立ち止まった。


「紬さん、私、以前、お話ししたこと実行することにしました。」

「何をですか」

「前お話した仕事を辞める話、来月には辞めるって上司に伝えようと思います」


 その言葉に紬は、少し身が引き締まったような顔をした。


「本当に伝えるんですね」

「はい。田舎に引っ越すことにした、という理由で伝えようと思います」

「田舎ですか」

「はい。異世界のこと話すわけにはいきませんから」


 すずなは少し苦笑した。


 数日後、すずなは実際に上司に退職の意向を伝えた。


「田舎に引っ越すことにしまして。事情があって、しばらく都会を離れることになりました」


 上司は少し驚いた様子だったが、それ以上深くは詮索しなかった。


「そうか。楠さんにはお世話になったな。寂しくなるよ」

「こちらこそ、お世話になりました」


 退職の手続きは思ったよりも、すんなりと進んだ。


 退職の日が近づき、会社ではささやかな送別会が開かれることになった。


「楠さん、本当に辞めちゃうんですね」


 同僚が少し寂しそうに、そう言った。


「はい。お世話になりました」

「田舎、どの辺なんですか」

「あ、その、まだ詳しくは……」


 すずなは少し言葉を濁した。噓をつくのは、あまり得意ではない。それでも、これ以上詳しく聞かれないよう話を逸らした。

 会の終わりに上司が皆の前で少し話をした。


「楠さんは、この四年間本当に真面目に仕事をしてくれました。丁寧な仕事ぶりは私たちにとってもいい手本でした」


 その言葉に、すずなは少し目頭が熱くなった。


「ありがとうございます」

「新しい生活、うまくいくことを祈ってます」


 同僚たちから寄せ書きの入った色紙と小さな花束が贈られた。


「楠さん、たまには連絡くださいね」

「はい、必ず」


 すずなはそう答えながら、少し心の中で複雑な気持ちを抱えていた。もう、この人たちと日常的に顔を合わせることはないのかもしれない。それでも後悔はなかった。

 会社を出て駅までの道を一人で歩く。手には花束と色紙。

 スマホが震えた。紬からのメッセージだった。

『送別会、どうでしたか?』

 すずなは少し微笑みながら返信を打った。

『無事、終わりました。今から帰ります』

『お疲れ様です。今日はゆっくり休んでくださいね』

 その優しい言葉に、すずなは心が少しずつ軽くなっていくのを感じた。長く勤めた場所を離れる寂しさと、これから始まる新しい生活への期待。二つの気持ちを抱えながら、すずなは夜の道を駅へと向かって歩いていった。


 荷物の整理も少しずつ進めていく。


「先輩、残った荷物どうします?」


 紬がそう尋ねた。


「少しだけ紬さんの家に置かせてもらってもいいですか?」

「もちろんです。いくらでもどうぞ」


 本棚に並んだ本の一部、思い出の品、季節ごとの衣類。すずなは、それらを少しずつ紬の部屋へと運び込んでいった。


「なんか、私の部屋、先輩の物が増えてきましたね」


 紬が嬉しそうに、そう言った。


「はい。ご迷惑かけます」

「迷惑なんかじゃないです。むしろ嬉しいです」


 その言葉に、すずなも笑顔で頷いた。長く住んだ部屋を離れる寂しさより、これから始まる新しい生活への期待の方が、少しずつ大きくなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。