第28話 当たり前になったこと
護衛の任務は結局、一日で終わることになった。クラリスからの追加の依頼はなく、二人は翌朝、街を発つことになった。それからというもの、紬は以前にも増してすずなにべったりと張り付くようになった。
「先輩、こっち」
「先輩、これ見てください」
「先輩、隣、座っていいですか」
何をするにも紬はすずなのすぐそばにいた。まるでクラリスに独占されていた時間を、取り戻そうとしているかのようだった。すずなはその様子を少し微笑ましく思いながらも、時折その甘え方の激しさにたじろぐこともあった。
宿に泊まる夜も変わらなかった。相変わらず二台のベッドを確保するのだが、朝になると紬は必ずすずなのベッドにいる。
最初は寝相のせい、と言っていたはずだった。それがいつからか、言い訳すらなくなっていた。
「紬さん、また、こっちに来てますね」
「おはようございます」
紬は悪びれる様子もなく、すずなの隣で目を覚ました。
「もう驚かなくなりました」
「先輩の隣、落ち着くので」
「毎回、同じこと言いますね」
「本当のことなので」
すずなはもう、それ以上追及することをやめていた。二台のベッドを用意すること自体が、いつの間にか形だけの儀式のようになっていた。
食事の席でも、紬の甘えっぷりは更に勢いを増していた。
「先輩、あーん」
紬が、スプーンを差し出してくる。すずなは、もう何度目か分からないやり取りに、素直に口を開けた。
「美味しいですか」
「はい、美味しいです」
食べさせてもらってばかりでは少し申し訳ない。すずなはそう思い自分のスプーンにも、料理を乗せた。
「紬さんも、どうぞ」
「え、先輩から?」
紬は少し驚いた様子で、それでも嬉しそうに口を開けた。すずなは慣れない手つきで、そのスプーンを紬の口元まで運ぼうとした。
「あ」
狙いが外れ、スプーンの先が、紬の頬に触れてしまう。
「あっ、すみません」
「……いいですよ、もう一回、お願いします」
紬はまったく気にする様子もなく、もう一度、口を開けて待っていた。すずなは今度こそ、慎重に狙いを定めた。それでも緊張のせいか、また少しずれてしまう。
「すみません、私、こういうの、不慣れで」
「先輩の不器用なところ、初めて見ました」
紬は楽しそうに笑いながらそう言った。すずなは少し恥ずかしくなりながらも、何度目かの挑戦でようやく綺麗に口元まで運ぶことができた。
「できました」
「先輩、頑張りましたね」
紬に褒められ、すずなはなんだか妙に達成感を覚えた。
依頼の道中でも、紬の手繋ぎ癖はすっかり定着していた。ある日の依頼で他のパーティーと合流した際、年配の冒険者がその様子を見てにやりと笑った。
「あんたたち、いつも一緒だねえ」
「はい、いつもです」
紬が得意げにそう答えた。すずなは少し顔を赤くしながら繋がれた手を、こっそり隠そうとした。だが、紬はその手をむしろしっかりと握り直した。
「先輩、隠さなくていいのに」
「隠して、ないですけど」
「隠してます」
そのやり取りを、年配の冒険者は、微笑ましそうに眺めていた。
「若いっていいねえ」
「そういうんじゃ、ないので」
すずなが慌てて否定しても、その声はあまり説得力を持たなかった。
ある夜、宿の部屋で紬がぽつりと言った。
「先輩、私、最近ちょっと子供っぽいですかね」
「そう思いますか」
「なんか、前よりくっつきたがってるなって自分でも」
紬は少し照れくさそうに頭を掻いた。
すずなは少し考えてから静かに答えた。
「クラリス様に、あんなに独占されたので。その反動かもしれませんね」
「……バレてました?」
「なんとなく」
紬は少し恥ずかしそうに俯いた。
「別に、いいですよ。私は気にしていません」
すずなのその一言に、紬は顔を上げた。
「本当に?」
「はい。紬さんがそばにいてくれるのは私も嬉しいので」
その言葉に紬はしばらく黙り込んだ。それから静かに、すずなの肩に頭を預けた。
「じゃあ今日も、隣で寝ますね」
「もう聞くまでもないですよね、それ」
すずなは小さく笑いながら紬の頭をそっと撫でた。




