第27話 拗ねる理由
護衛の任務が終わり、屋敷に戻る頃には日もすっかり傾いていた。それでも、クラリスの上機嫌なスキンシップは最後まで続いた。腕を組み、時折頬を寄せ隙あらばすずなの手を握る。紬はその一部始終を、じっと見守り続けるしかなかった。
屋敷に着くとクラリスは名残惜しそうな顔で、すずなを見上げた。
「お姉様、よろしければもう少し異世界のお話を伺えませんか」
「あの、今日はもう」
「ぜひ、お泊まりになってくださいませ」
クラリスはすずなの手を握ったまま、そう申し出た。
「泊まるですか?」
「はい。お部屋もご用意いたしますわ」
すずなは少し戸惑いながら、隣の紬に視線を向けた。だがクラリスは、その視線を遮るように、すずなの前に立った。
「紬様は、以上で終了ということで。宿の方にお戻りくださいませ」
「え?」
紬は耳を疑った。
「私も、護衛の一員なんですけど」
「護衛はもう終わりましたわ。ここからは、お姉様と、わたくしのお話の時間です」
クラリスはそう言うと、すずなの腕をぐいと引いた。
「先輩」
「あ、紬さん、あの」
すずなはなされるがまま、屋敷の中へと引っ張り込まれていった。扉が閉まる直前、振り返ったすずなと紬の目が一瞬合った。それでもすずなは、それ以上何も言えないまま、屋敷の中に消えていった。
紬はしばらく、閉じた扉の前で立ち尽くしていた。
「なんなんですか、あれ」
呟いた声は誰にも拾われなかった。
仕方なく紬は、一人で宿への道を歩き始めた。歩きながら、さっきのクラリスの態度を頭の中で何度も反芻する。
「護衛は終わりって…私の扱い、雑すぎません?」
誰にともなく呟いた声が、夕暮れの街に虚しく響いた。歩いているうちに、じわりと目の奥が熱くなってきた。
「なんで私だけ……」
涙が一粒こぼれた。慌てて拭ったが次から次へと止まらなくなる。
「先輩、私のこと大事だって、言ってくれたのに……」
紬は俯いたまま涙を拭い宿への道を歩き続けた。
「紬さん!」
背後から声がした。振り返ると、すずながこちらに向かって走ってきていた。
「先輩……?」
すずなは息を切らしながら、紬の前に立った。
「すみません、クラリス様に無理を言って抜けてきました」
「え……」
「紬さんを一人で帰らせるなんて、できません。護衛だって、二人で受けた依頼です。それに」
すずなは少し息を整えながら続けた。
「あんな態度で紬さんが傷ついてるかもしれないのに、私だけ屋敷に残るなんて、そんなの間違ってると思ったので」
「先輩……」
「クラリス様には、改めてお話をお聞かせするとお伝えしました。今日は紬さんと帰ります」
すずなは、そう言いながら紬の顔をじっと見つめる。その頬に涙の跡があるのに気づいた。
「紬さん泣いてたんですか」
「な、泣いてません」
紬は慌てて顔を背けた。それでも涙は、まだぽろぽろとこぼれ続けていた。
すずなはしばらく、その様子を見つめていた。それからそっと紬の腕を取り自分の腕に絡めた。
「行きましょう、紬さん」
「先輩……」
紬の表情が驚きから、じわじわと嬉しさへと変わっていった。
「仕方ないですね」
紬はそう言いながら、すずなの腕にぎゅっと力を込めた。さっきまでの涙は、もう止まっていた。
二人は腕を組んだまま、宿への道を並んで歩いていったその足取りはずっと軽やかだった。




