第26話 マドレーヌ
屋敷の前に、豪華な馬車が待っていた。すずなと紬は御者の隣に控え、クラリスは馬車の中に乗り込んだ。
「お姉様、こちらへ」
クラリスが馬車の中から手を差し伸べた。
「あの、私は外を歩いて護衛を」
「駄目です。中にいらしてください」
クラリスは有無を言わせぬ様子で、すずなの手を引いた。すずなは戸惑いながらも、馬車の中に乗り込んだ。
「紬様は外を、お願いしますね」
「え、私だけ外ですか」
「はい、しっかり護衛をお願いします」
紬は納得のいかない表情のまま、馬車の脇を徒歩でついていくことになった。
馬車の中では、クラリスがすずなの隣に、ぴったりと腰を下ろしていた。
「クラリス様、少し近いような」
「あら、これくらい普通ですわ」
クラリスはそう言いながら、すずなの腕に自分の腕を絡めた。すずなは少し困りながらも、振りほどくことができずにいた。
外を歩く紬は、その様子を馬車の小窓から時折覗き込んでいた。
「……近すぎでは」
呟いた声は車輪の音に紛れて消えた。
街に着くと、クラリスは馬車を降り、すずなの腕を取ったまま通りを歩き始めた。
「今日は色々見て回りたいのです。お姉様とご一緒できて嬉しいですわ」
「あの、私は、あくまで護衛なので」
「護衛も兼ねて、楽しんでくださいませ」
クラリスはそう言いながら、すずなの腕に、さらに強く体を寄せた。紬は少し後ろから、その様子を見ながら拳を握りしめていた。
「あの、クラリス様、少し離れていただけると」
「あら、紬様、護衛の方は後ろに控えているものではなくて?」
「そう、ですけど……」
その正論に、紬は言葉を詰まらせた。
市場を歩きながら、すずなはふと屋台で見かけた菓子を手に取った。
「これ、マドレーヌに似てますね」
「マドレーヌ、ですか」
クラリスが興味深そうに、その菓子を覗き込んだ。
「はい、私の元の……あ、いえ、なんでもないです」
すずなは慌てて言葉を濁した。それでもせっかくなのでと、エルフィに渡すお土産と一緒にいくつか購入して、リュックに入れていたマドレーヌをクラリスにあげることにした。
「クラリス様、こちらのお菓子よろしければいかがですか」
「まあ、いただいてもよろしいのですか」
クラリスは少し目を輝かせながら、それを受け取った。
馬車に戻ってから、クラリスはそのマドレーヌを口に運んだ。
「あら、はしたないですけれど」
そう言いながらも、クラリスは口にする。次の瞬間、その目が大きく見開かれた。
「これ……」
「美味しいですか」
「これは……この味は……」
クラリスの表情がみるみる変わっていく。すずなはその反応に少し戸惑った。
「あの、クラリス様?」
「お姉様は、もしや……」
クラリスは声を潜めて、すずなに顔を寄せた。
「異世界の方でいらっしゃいますか」
すずなは息を呑んだ。
「どうして、それを」
「以前、エルフィ様とお話しする機会がございましたの。異世界という場所があると伺っておりましたわ」
クラリスは興奮を抑えきれない様子で、すずなの手をまた握った。
「本物にお会いできるなんて……素敵ですわ、お姉様」
「あの、あまり大きな声では」
すずなは慌てて周囲を確認した。幸い御者にも通りすがりの人にも、会話は聞かれていないようだった。
「わたくし、絶対に誰にも言いませんわ。二人だけの秘密にいたしましょう」
クラリスはそう言って、すずなの腕をさらに強く抱きしめた。
その様子を馬車の外から覗き込んでいた紬が、たまらず声を上げた。
「あの、これでは護衛が」
「紬様、しっかり護衛をお願いしますね」
クラリスがあっさりとそう返した。すずなに抱きついたまま離れる気配はまったくなかった。
紬は深くため息をついた。
「なんなんですかー」




