第25話 お姉様
護衛依頼の当日、すずなと紬は指定された貴族の屋敷へと向かった。門の前には、すでに使用人らしき人々が並んでいる。
「本日は、よろしくお願いいたします」
初老の執事が恭しく頭を下げた。二人が案内されたのは屋敷の応接間だった。
しばらく待つと扉が開き一人の少女が姿を現した。艶やかな金色の髪、上品なドレス。年齢は10代後半くらいだろうか。
少女は部屋に入るなり、まっすぐにすずなの方へ視線を向けた。その瞬間、少女の表情が驚くほどぱっと輝いた。
「まあ……」
少女は両手を胸の前で組み、瞳を潤ませた。
「なんて、お美しい方でしょう」
「あ……」
すずなは突然のことに少し戸惑った。
「初めまして。わたくし、クラリス・エルデグリーンと申します」
少女は優雅に一礼した。それからすずなの手を両手でそっと取った。
「様は要りませんわ。クラリスとお呼びください」
「あ、はい。楠すずなです」
「すずな様……素敵なお名前」
クラリスはうっとりとした様子で、その名前を繰り返した。すずなはどう反応していいか分からず、隣に立つ紬に助けを求めるような視線を送った。だが紬は、すでに警戒心を露わにした表情で、クラリスを見つめていた。
「あの、私は雨宮紬です」
紬が割って入るように自己紹介をした。クラリスはちらりと紬を見て、あっさりと頷いた。
「ええ、よろしく。それで、すずな様」
クラリスはすぐに視線をすずなに戻した。
「今日は街への外出、よろしくお願いいたします。すずな様が護衛でいらっしゃると聞いて、とても楽しみにしておりましたの」
「私がですか」
「はい。噂で伺っておりましたわ。とてもお強い方だと」
すずなは少し困ったように微笑んだ。
「そんな大したことは」
「ご謙遜を。わたくし初めてお会いした瞬間から分かりましたの」
クラリスはすずなの手を握ったまま、離そうとしなかった。紬はその様子をじっと見つめながら、こめかみに微かな血管を浮かせていた。
「あの、クラリス様」
「お姉様と、お呼びしてもよろしいですか」
「え」
すずなは目を丸くした。
「わたくし、すずな様のこと、お姉様とお呼びしたいのです」
「あ、あの、それは」
「駄目、でしょうか」
クラリスが少し不安げな瞳で見上げてくる。すずなはその勢いに押されるまま、小さく頷いてしまった。
「あ……はい、大丈夫です」
「お姉様!」
クラリスは嬉しそうに、すずなの手をさらに強く握った。
その光景を紬は無言のまま見つめていた。目の下に、うっすらと影ができ始めている。
「あの、クラリス様」
紬が話を進めようと割って入った。
「私のことも、お姉様と呼んでいただいても大丈夫ですよ」
クラリスは一瞬、無表情になった。
「……ところで、紬様」
その反応の速さと、あまりの塩対応に、紬は言葉を失った。
「今日の護衛について、詳しい行程を伺ってもよろしいでしょうか」
クラリスはそのまま何事もなかったかのように、すずなの方を向いて話を続けた。紬はしばらく立ち尽くしたまま動けずにいた。
「あら、そうでしたわね。では、参りましょう」
クラリスはすずなの手を引いたまま応接間を出ていった。紬はその後ろを少し離れて歩きながら、小さく呟いた。
「お姉様って、なによ……」
その声は、誰にも拾われなかった。




