第23話 平日のすずな
木曜日、すずなはいつもより少し緊張した面持ちで出社した。デスクに荷物を置くと、まず上司のもとへ向かう。
「おはようございます。今週は急にお休みをいただいてしまい、申し訳ありませんでした」
すずなは深く頭を下げた。
「ああ、楠さん。大丈夫だった?急な家の用事って言ってたけど」
「はい、なんとか片付きました。ご迷惑をおかけしました」
「いや、全然。楠さん、普段からきっちりやってくれてるし、こういう時くらい気にしないで」
上司はあっさりとそう答えた。すずなはほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。今日から、しっかり取り戻します」
「無理しない範囲でね」
すずなはもう一度頭を下げて、自分のデスクに戻った。パソコンを立ち上げ、溜まっていたメールに目を通し始める。
「楠さん、おはようございます」
隣の席の同僚が声をかけてきた。
「おはようございます」
すずなは丁寧に頭を下げて挨拶を返した。
「今週、なんか楽しそうですね」
「え、そうですか?」
「なんか、ずっと機嫌良さそうっていうか」
すずなは少し驚いた。自分では、いつも通りのつもりだった。それでも指摘されて、初めて気づく。たしかに最近、心のどこかが軽い。
「そう、かもしれません」
「彼氏でも、できました?」
「いえ、そういうのでは」
すずなは少し困りながら、曖昧に微笑んだ。彼氏ではないが、では紬との関係は、なんと言えばいいのだろう。自分でも、うまく言葉にできなかった。
仕事はいつも通り淡々と進んだ。書類の整理、電話対応、会議の議事録作成。すずなは丁寧に一つずつこなしていく。休んだ分の遅れを取り戻すように、いつもより少し多めに仕事を片付けた。
昼休み、すずなは給湯室でお茶を淹れながら、ふと鞄につけた鈴のキーホルダーに目をやった。小さく控えめな音が鳴る。
「また明日から」
誰にともなく呟いた声は、給湯室の静けさにすぐに溶けていった。
金曜日の朝は、心なしかいつもより目覚めが良かった。すずなは身支度を整えながら、頭の中で今夜の予定を確認していた。
仕事は木曜と同じように進んでいく。それでも時計を見るたびに、いつもより少しだけ時間の流れを気にしている自分がいた。
「楠さん、今日なんか、そわそわしてません?」
昼休み、同僚がからかうように言った。
「そんなことは」
「絶対、なんかありますよ」
すずなは否定しながらも、内心少し当たっているような気がしていた。
午後の業務もいつも通りに終わった。定時になると、すずなは手早くデスクを片付け、鞄を持って立ち上がった。
「お先に失礼します」
「お疲れ様です」
オフィスを出ると外はまだ明るかった。すずなは駅までの道を、いつもより少し早足で歩いた。
電車に揺られながらスマホを開くと、紬からのメッセージが届いていた。
『先輩、今日も楽しみにしてます!』
すずなは少し口元を緩めて返信を打った。
『はい、私もです』
駅前のロータリーに着くと、紬の車がすでに待っていた。窓が開き、紬が大きく手を振っている。
「先輩、お疲れ様です!」
「紬さんも、お疲れ様です」
助手席に乗り込むと、すずなはシートベルトを締めながら小さく息をついた。今週も、この時間が来た。
「今日も楽しみですね」
「はい」
車はいつもの道を山道へと向かって走り出した。窓の外を流れる景色を眺めながら、すずなはこの一週間の疲れが少しずつほどけていくのを感じていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。すずなたちなら、こんな時きっと「支えてくれる人がいるから頑張れる」と言うはず。
この物語も、読んでくださる皆さんに支えられています。「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価という"応援魔法"を、ぜひ授けてください。
よろしくお願いいたします。




