第21話 一緒がいい
夕方、すずなの家に落ち着くと紬はさっそくソファに腰を沈めた。
「本当にお邪魔していいんですか」
「はい。看病するって決めましたから」
すずなはそう言いながらキッチンへ向かった。
「今日は消化に良いもの、作りますね」
「あ、ありがとうございます……」
紬は殊勝な顔をしながら、こっそりスマホを覗き込んで時間を確認していた。
夕食はおかゆと簡単な副菜になった。すずながトレイに乗せて運んでくると紬は行儀よくソファに座って待っていた。
「はい、どうぞ」
「あの先輩」
「なんですか」
「手が少し震えて……」
紬が弱々しい声でそう訴えた。すずなは少し眉を寄せながらもスプーンを手に取った。
「じゃあ、食べさせますね」
「あ、あーん」
紬は素早く口を開けた。すずなは少し呆れながらもおかゆをその口元に運んだ。
「美味しいです、先輩の作るもの」
「まだおかゆですけど」
「おかゆも美味しいです」
紬は幸せそうに目を細めていた。すずなはその様子を見ながら、これが本当に病人の顔なのだろうかと少し疑問に思った。
食事を終え片付けを済ませると、まだ寝るには早い時間だった。二人はリビングのソファに並んで座りテレビをつけた。
「先輩、これ面白いです」
紬はそう言いながらすずなにぴったりとくっついてきた。肩と肩がしっかりと触れ合っている。
「紬さん、近くないですか」
「病人なので」
「病人だから近づく理由が分からないんですけど」
「甘えたいんです」
その正直さに、すずなは何も言い返せなくなった。
番組が終わる頃、紬が思い出したように言った。
「先輩、お風呂入りたいです」
「はい、どうぞ」
「あの、体、洗ってもらえたり……」
「それは、さすがに」
すずなはきっぱりと首を振った。
「病人ですし……」
「病人でも、それは自分で洗えます」
「洗えないくらい辛いかもしれません」
「さっきまで、あんなに元気にあーんしてましたよね」
紬はぐっと言葉に詰まった。
「分かりました。自分で入ります」
「はい、それでいいです」
紬は少し肩を落としながら風呂場へ向かった。すずなはその背中を見送りながら小さく息をついた。
紬が風呂から上がる頃には、すっかり夜も更けていた。
そろそろ寝る時間になった。
「紬さんはベッドで休んでください。私はソファで寝ますので」
「え」
紬の表情が分かりやすく曇った。
「先輩がソファ、ですか」
「病人にはベッドの方がいいと思って」
「じゃあ、私がソファで先輩がベッドで」
「それは逆じゃないですか」
「いえ、逆じゃないです。先輩を差し置いて私だけベッドなんて」
「今、自分がソファでいいって言いましたよね」
紬は言葉に詰まった。
「そもそも、一緒に寝れば解決するのでは」
「それは解決してるんでしょうか」
「解決してます。二人とも、ベッドで寝られるので」
その理屈はどこかおかしかったが、すずなはこれ以上の押し問答に疲れを感じ始めていた。
「分かりました。今日だけですよ」
「はい!」
紬の声には隠しきれない喜びが滲んでいた。
その夜、二人はベッドに並んで横になった。すずなの部屋は二人分の寝床にしては少し狭かったが、紬は気にする様子もなくすずなの隣に体を寄せていた。
「先輩の家、あったかいですね」
「そうですか?」
「はい。落ち着きます」
紬はそう言って目を閉じた。すずなは天井を見つめながら、この状況に少しずつ慣れつつある自分に小さく苦笑した。
「おやすみなさい、紬さん」
「おやすみなさい、先輩」
静かな部屋に、二人分の呼吸の音だけがしばらく続いていた。
翌朝、すずなは寝苦しさで目を覚ました。
理由はすぐに分かった。紬がしっかりと抱きついている。それもかなりの力で。
「紬さん、苦しいです」
「……ん」
「紬さん、本当に苦しいので」
「……もう少し」
紬は、腕の力を緩めるどころか、さらにぎゅっと抱きしめてきた。すずなは息を詰まらせながら、なんとか声を絞り出した。
「本当に、これ病人の力じゃないと思うんですけど」
「気のせいです」
まだ半分眠ったままの声で、いつもの台詞が返ってきた。すずなは力尽くで少しだけ体を引き離そうとした。
「紬さん、離れてください」
「やです」
「やですって」
「もう少しだけ、このままで」
すずなは諦めたように、大きく息を吐いた。それでも腕の中の温もりを無理に振りほどく気にはなれなかった。
「……本当に、体調悪いんですよね」
「悪いです」
「昨日から、ずっと元気そうですけど」
「気のせいです」
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。すずなは抱きしめられたまま、今日もこの調子なのだろうと小さく笑ってしまった。




