第20話 もう慣れました
朝すずなが目を覚ますと、隣に紬の温もりがあった。
「またですか」
すずなは小さく呟いた。二台のベッドを確保したはずなのに、朝になるとなぜか同じベッドに紬がいる。もう何度目のことだろう。
それだけでなく、最近は抱きつかれているような気もする。今も腕がしっかりとすずなの腰に回っていた。
「気のせいなんでしょうか」
すずなは天井を見上げながら、独り言のように呟いた。気のせいにしては、随分とはっきりとした重みだった。
「ん」
紬が、身じろぎした。すずなの肩口に顔をうずめたまま、まだ眠っている様子だった。すずなは、しばらく、その寝顔を眺めていた。起こすべきか、少し悩む。それでも朝の光の中で見る紬の顔は、いつもより無防備で、少しだけ幼く見えた。
「紬さん、起きてください」
「ん、あと五分」
「もう、何度もその五分、聞いてる気がします」
「気のせいです」
寝ぼけたままの声でいつもの台詞が返ってきた。すずなは思わず笑ってしまった。
「紬さん、ちゃんと自分のベッド。あったはずですけど」
「寝相です」
「もう慣れましたけど、流石にこれだけ毎回だと」
「先輩の隣が、落ち着くので」
その一言で、すずなは何も言えなくなった。紬はまだ薄目のまま、すずなの肩にさらに顔を寄せてくる。
「紬さん、あの」
「もう少しこのままで」
すずなは諦めたように、小さく息を吐いた。腕時計を見るとまだ起きるには少し早い時間だった。
「あと五分だけ、ですよ」
「……はい」
紬は満足そうに目を閉じた。すずなはその頭をそっと撫でた。紬が小さく身を縮めたが、目は覚まさなかった。
窓の外では、朝の光が少しずつ強くなっていた。異世界でのまた新しい一日が静かに始まろうとしていた。
朝食を済ませると、二人は身支度を整え石碑の場所へ向かった。鍵を差し込み、光に包まれると、見慣れた現実の山道が広がっていた。
「運転、大丈夫ですか」
すずなが、少し心配そうに尋ねた。
「はい、平気です。ちゃんと元気なので」
紬はそう言いながら、駐車場までの道を軽い足取りで歩いていった。すずなはその様子を見て、少し安心した。
車に乗り込むと、紬はいつも通りにハンドルを握った。
「先輩、今日は荷物も多いので家まで送りますね」
「あ、ありがとうございます。助かります」
車が走り出してしばらくすると、紬が小さく咳をした。
「ごほっ」
「紬さん、大丈夫ですか」
「あ、大丈夫です、ちょっと喉が」
「本当に大丈夫ですか?まだ本調子じゃないんじゃ」
「いえ平気です、平気です」
そう言いつつも、紬は少し顔色が優れないように見えた。すずなは心配そうに、その横顔を見つめた。
家に着くと、すずなは荷物を下ろしながら、紬の様子をもう一度確認した。
「紬さん、本当に、大丈夫ですか」
「あの、実は、少し頭が」
「やっぱり、無理してたんですね」
すずなは、少し眉をひそめた。
「水曜日までお休みなので、良かったら泊まっていきますか」
その言葉に紬の表情が一瞬で輝いた。
「え、いいんですか!」
「はい、その方が様子も見られますし」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
紬は、満面の笑みで車から荷物を降ろし始めた。動きはとても具合の悪い人間には見えなかった。
「紬さん、動き随分と元気ですけど」
「あ、いえ無理してるんです、多分」
「多分って」
すずなが玄関の鍵を開けながら、そう返すと紬は、思い出したように、また咳き込んだ。
「ごほっ、ごほっ」
「その咳、さっきより、わざとらしくなってません?」
「気のせいです」
すずなは、もう聞き慣れた台詞に思わず笑ってしまった。
「じゃあ上がってください。お茶でも淹れますね」
「はい、ありがとうございます」
紬は軽い足取りで玄関に入っていった。すずなはその後ろ姿を見ながら、小さくため息をついた。
「本当に具合、悪いんでしょうか」
誰に聞くともなく呟いた声は、玄関の扉が閉まる音に、かき消された。




