第18話 コンビニスイーツ
紬はまだ目を覚まさなかった。すずなはその寝顔を見つめながら今日が日曜だということを思い出していた。
「エルフィさん、あの、私一度、現実に戻らないといけません」
すずなは鍵を取り出しながら言った。エルフィは少し目を細めた。
「仕事か」
「はい。連絡だけ入れてきます。それで、すぐ戻ってきます」
「分かった」
すずなは紬を残していくことに少し胸が痛んだ。それでも今は最善の方法だと思えた。石碑の場所まで急ぎ鍵を差し込む。光に包まれ現実世界に戻った。
駐車場までの道のりをすずなは走った。日はすでに沈みかけていて辺りは薄暗くなり始めている。息を切らしながらなんとか駐車場に辿り着いた。
スマホを取り出し上司の携帯に電話をかける。
「もしもし、楠です。夜分にすみません。急な家の用事で、三日ほどお休みをいただきたくて」
声は少し震えていたがなんとか用件を伝えることができた。上司はあっさりと了承してくれた。
「ありがとうございます。すみません、急に」
電話を切るとすずなは大きく息を吐いた。これで明日以降の心配はなくなった。
帰る前にすずなは駐車場のすぐ近くにあるコンビニに立ち寄った。紬の目が覚めたら何か甘いものでも欲しがるかもしれない。そう思いながら棚を見て回る。
プリン、チョコレート、いくつかの菓子パン。それから紬の好きそうな飲み物も、いくつか手に取った。
「エルフィさんにも何か買っていこうかな」
すずなはそう呟きながらシュークリームとゼリーを追加でかごに入れた。
会計を済ませ袋を抱えてまた山道を戻る。石碑の場所に着く頃にはすっかり日が暮れていた。
「戻りました」
エルフィの家の扉を開けるとエルフィが静かに出迎えた。
「……早いな」
「はい。上司には連絡できました」
すずなはコンビニの袋を差し出した。
「これ、あの、エルフィさんにも」
エルフィが袋の中を覗き込む。
「これは?」
「コンビニスイーツというものです。良かったら」
エルフィはシュークリームを一つ取り出し、しげしげと眺めた。それから一口かじる。
「美味い」
表情はあまり変わらなかったが声には確かな驚きが滲んでいた。
「コンビニに、こんなものが、売っているのか」
「はい、普通に売ってます」
「侮っていた」
エルフィは真剣な顔でそう言った。すずなは少し笑ってしまった。
奥の部屋から小さな声が聞こえた。
「先輩?」
すずなは慌てて奥に向かった。紬が寝台の上で体を起こそうとしている。
「紬さん、目が覚めたんですね」
「先輩……いつの間に戻って……」
紬はまだ状況を飲み込めていない様子だった。すずなはその手をそっと握った。
「すみません、紬さんが心配で、一度連絡だけ入れて、すぐ戻ってきちゃいました」
「連絡って……」
「月、火、水と三日、お休みをもらいました。火曜日に帰れば、火曜と水曜、二日間、一緒にいられます」
紬はしばらくすずなの顔を見つめていた。それから少し目を潤ませた。
「先輩……」
「無理しないでください。まだ体、辛いですよね」
「あ、いえ、もう大丈夫です。動けます」
紬はそう言って実際に寝台から起き上がった。足取りもしっかりしている。回復魔法の効果は確かなものだったらしい。
「本当に大丈夫ですか?」
「はい、もう車も運転できるくらい元気です」
「じゃあ帰れますね」
すずなが少しほっとしたように言うと紬は少し慌てた様子を見せた。
「あ、いや、でも念のため、もう少し休んだ方がいいかもしれません」
「さっき動けるって言ってましたけど」
「動けますけど、休んだ方がより万全なので」
その言い分は少し無理があった。すずなはそれでもあえて追及しなかった。
それを聞いていたエルフィが部屋の入り口から口を挟んだ。
「今日は、二人とも泊まっていけ」
「え、いいんですか」
「夜道、危ない。それに、まだ本調子じゃないだろう」
エルフィの視線は紬に向けられていた。紬は少し気まずそうに目を逸らした。
「はい、お言葉に甘えます」
夜、エルフィの家の一室で二人は並んで寝床についた。すずなは隣を見て紬の顔色を確かめる。
「本当に、まだ具合悪いんですか」
「悪いです。多分」
「多分って」
「実際、まだちょっと頭がふわふわしてます」
「本当ですか」
「本当です」
すずなはその言葉を半分も信じていなかったが、それでも紬の隣にいることに不思議と安心していた。
「先輩」
「はい」
「ありがとうございます。戻ってきてくれて」
その声はいつになく素直だった。すずなは少し照れくさくなりながら小さく頷いた。
「当たり前です。紬さんのことですから」
窓の外、異世界の夜は静かに更けていった。




