第17話 パンドラの箱
エルフィの家は街の外れにあった。木造の小さな建物で外観はどこかひっそりとしている。紬は奥の部屋に運ばれ寝台に横たわっていた。
呼吸は落ち着いているものの、まだ意識は戻っていない。すずなはその枕元にじっと座っていた。
「命に別状はない。ただ目を覚ますまで少し時間がかかる」
エルフィが部屋の入り口で静かにそう言った。すずなは小さく頷いた。
「良かった……」
安堵の息が震えていた。それでもまだ自分の中に残るあの感覚が拭いきれずにいる。
「エルフィさん、さっきの……私が何をしたのか教えてください」
エルフィはしばらく無言のまますずなを見つめていた。それから部屋の隅にある椅子に静かに腰を下ろした。
「お前には、Fable Unbound という力がある」
「フェイブル、アンバウンド」
すずなはその言葉を繰り返した。
「五つの試練に繋がる力。物語の名を冠した試練。それを一つずつ乗り越えることで少しずつ解放されていく」
「五つの試練……」
「お前がこれから挑むことになる。Midnight Bell、Withering Rose、Moon Return、Seafoam FateそしてThorn bound Fate」
エルフィは指を一本ずつ折りながら名前を挙げていった。すずなはその響きに聞き覚えがなかった。それでも体のどこかがその名前を知っているような気がした。
「じゃあさっきの力は……」
「それとは別」
エルフィは少し間を置いてから続けた。
「Pandora's Box パンドラズ・ボックス 。お前の中に眠っていた、まだ制御できていない力の暴走。Fable Unbound フェイブル・アンバウンド が覚醒した際に起こる一度きりの暴走だ」
「暴走……」
「紬の危機に反応した。理性の外側から力が溢れた。あれはお前が望んで使ったものじゃない」
すずなは自分の手を見下ろした。まだ微かに震えている。
「もう一度使えるんですか」
「使えない」
エルフィの声は静かだがはっきりしていた。
「パンドラの箱は一度開けたら二度と閉じられない。同時に二度と同じようには開かない。使い切ったらそれで終わり」
「終わり……」
「お前が次に強くなるには五つの試練を一つずつ越えるしかない。近道はもうない」
すずなはその言葉を噛みしめるように受け止めた。あの時の力に二度と頼れないという事実は、どこか寂しさと安堵の両方をもたらした。
「エルフィさん」
「何」
「私、ちゃんと強くなりたいです。紬さんを、ちゃんと守れるように」
エルフィはしばらくすずなを見つめていた。それから微かに口の端を動かした。
「……いい目だ」
その言葉に、すずなは少しだけ肩の力が抜けた。
寝台の上で紬が小さく身じろぎした。まだ目を覚ます気配はない。すずなはその手をそっと握った。
「早く目を覚ましてくださいね」
窓の外では日が傾き始めていた。長い一日が、ようやく終わろうとしていた。




