第16話 覚醒
大剣が振り下ろされる。
すずなは、それを見ていた。けれど体は動かなかった。代わりに何かが内側で弾けた。
「紬さん」
声が自分のものとは思えないほど低く冷たく響いた。頭目の大剣がすずなの剣とぶつかった瞬間、金属音ではなく何か重いものが割れるような音がした。頭目の巨体が後方へ吹き飛び、地面を転がる。
「な……」
頭目が驚愕の表情で体を起こそうとした。だがすでに、すずなの姿はそこにはなかった。気づいたときには頭目の眼前に剣が突きつけられていた。
「邪魔」
一言だけそう言った。剣が振るわれる。頭目の体が力なく崩れ落ちた。
周囲の山賊たちが悲鳴を上げて後ずさる。すずなはそれに構わず次の敵へと向かった。目に映るものすべてが、ただ排除すべき対象になっていた。
「な、なんだ、あの女……」
「化け物か……」
剣が風を切るたび、山賊たちが次々と倒れていく。すずなの動きはこれまでとは明らかに異なっていた。速さも力も桁が違う。それでいて表情には何の感情も浮かんでいなかった。
「先輩……」
朦朧としながらも紬はその様子を見ていた。喜ぶべきなのか恐れるべきなのか判断がつかなかった。ただいつもの丁寧な先輩の姿は、そこにはなかった。
シエルたちが騒ぎに気づいて、拠点の奥から駆け戻ってきた。
「何よ、これ……」
シエルが目の前の光景に言葉を失った。すでに正面にいた山賊の大半が地面に倒れている。
「すずなちゃん、止めないと……」
フィオナが痛む足を庇いながら声を上げた。だが誰も動けなかった。あの速さについていける者は、この場に誰もいなかった。
そのとき風もないのに空気が揺れた。
「もう、いい」
低い声が戦場に響いた。
すずなが次の標的に向けて剣を振るおうとした、その瞬間だった。
小さな影がすずなの前に音もなく降り立った。エルフィだった。
すずなの剣が振り下ろされる。
だがそれはエルフィの指先一本に、あっさりと止められた。
「終わり」
エルフィの姿がかき消えた。次の瞬間、残っていた山賊たちが次々と糸が切れたように崩れ落ちていく。何が起きたのか誰にも見えなかった。
一瞬にして戦場は静寂に包まれた。
すずなだけが、まだ剣を構えたまま荒い息を吐いていた。焦点の合わない目が周囲を見渡している。
「……おい」
エルフィの声が、まっすぐにすずなに向けられた。
その一言で、すずなの体から力が抜けた。剣が地面に落ちる。
「あ…」
視界が急速に戻ってくる。周囲に倒れている山賊たち。地面に座り込んでいる紬。すべてが一気に、すずなの中に流れ込んできた。
「紬さん……」
すずなは崩れるようにその場に膝をついた。手が震えていた。
「私、何を……」
「無理、しすぎ」
エルフィが静かに、すずなの前に立った。
「お前、自分が何やったか分かってるのか」
「分かりません……何も、覚えてなくて……」
すずなの声は震えていた。エルフィはしばらく無言で、すずなを見つめていた。
「危ないところだった。二重の意味で」
それだけ言うとエルフィは、倒れている紬のもとへ歩み寄りその傷に手をかざした。淡い光が紬の体を包む。
「紬さん、大丈夫ですか」
すずなが震える声で尋ねた。
「大丈夫。命に別状はない」
その言葉に、すずなはようやく詰めていた息を吐いた。エルフィは続けて、足を痛めたフィオナのもとへ向かい、同じように光をかざした。フィオナの表情が、みるみる和らいでいく。
「エルフィ様……ありがとうございます」
シエルが深々と頭を下げた。その声には明らかな畏敬の念がこもっていた。
「いい。それより」
エルフィは視線を、周囲で怪我をしている他の面々にも向けた。ダーレンの腕の傷、イオの擦り傷、それぞれに淡い光が降り注ぐ。全員の傷がみるみるうちに塞がっていった。
傷は回復したものの、それでも、すずなの中に残るあの得体のしれない力の余韻に震えが止まらなかった。
一通りの手当てを終えると、エルフィはシエルたちの方を振り返った。
「こいつらは、私が連れ帰るがいいか」
「お願いします」
イオが静かに頷いた。
エルフィが軽く手をかざす。淡い光がすずなと紬を包み込んだ。
光が収まったとき、エルフィと二人の姿は、もう、そこにはなかった。




