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【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第十二章 北の魔女

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第157話 北の魔女

 しばらくすると、エルフィからかなり離れた場所に、歯車のような魔法陣が浮かび上がった。


 光の中から、まずレインが姿を現す。その隣にもう一人、淡い青の外套を纏った背の高い女性が立っていた。北から呼ばれたクリスタだろう、とすずなが思うより早く、女性は辺りを見回して声を張り上げた。


「エルフィちゃーん!」


 その声を聞いた瞬間、すずなの腕の中でエルフィの体がびくりと跳ねた。肩を支えていたはずのエルフィが、驚くほどの素早さですずなの背中側へ這うように回り込んでいく。


「エルフィさん?」

「黙っていろ」


 小声で釘を刺され、すずなは紬と心春と顔を見合わせた。さっきまで膝をついて息を切らしていた人とは、とても思えない動きだった。


「あれ?」


 女性が首を傾げ、きょろきょろと視線を巡らせる。その目が、すずなたちの背後でぴたりと止まった。


「あ、いたわ」


 次の瞬間、女性の姿がふっとぶれた。すずなが瞬きをした時には、もう目の前の光景が変わっていた。すずなたちのすぐ傍らに氷でできた椅子が据えられ、女性がその上に優雅(ゆうが)に腰掛けている。膝の上には、なぜかエルフィが抱え上げられて乗せられていた。


「えっ」

「い、今、何が……」


 あまりに一瞬の出来事に、すずなも紬も心春も、言葉を失ったまま立ち尽くした。


「あなたたちが、エルフィちゃんの愛弟子ね」


 女性はこちらへ向けて、にっこりと微笑んだ。


「私はクリスタ。エルフィちゃんを愛してやまない、水魔法の使い手よ」

「は、初めまして。すずなです」

「紬です」

「心春です」


 三人が慌てて頭を下げる間も、膝の上のエルフィは身動きひとつ取れずに固まっていた。


「エルフィ、すまない」


 レインが苦笑しながら肩をすくめる。


「なるべく離れた場所に出たんだがね。無駄だったようだ」

「だから呼びたくなかったんだ。下ろせ」


 エルフィが低い声で抗議する。


「いやよ」


 クリスタは涼しい顔で即答した。


「いつも逃げ回ってばかりなんだもの。話なら聞くわ。このまま話して」


 膝の上から降ろす気配は、微塵もなかった。少し離れた場所でその光景を見ていたバルドが、こらえきれずに噴(ふ)き出す。


「エルフィのあんな姿、初めて見たぞ」

「言うな」


 エルフィが恨めしそうに睨みつけたが、バルドは口元を手で覆い、顔を背けたまま笑いを噛み殺していた。


 クリスタの腕の中で、エルフィはしばらく身じろぎして抜け出そうとしていた。けれど、その腕を押し返す力は弱く、やがて諦めたようにげんなりと息を吐く。


 その様子に、クリスタの笑みがほんの一瞬だけ消えた。抱えた腕越しに、エルフィの体の震えが伝わったのかもしれない。クリスタは何も言わず、エルフィの背に回した腕の位置をそっと直した。


「南の綻びに、Thorn(ソーン) bound(バウンド) Fate(フェイト)が重なった」


 抱え上げられたまま、エルフィが渋々といった様子で説明を始める。


「巨躯(きょく)の魔物と、大量の黒い蔓が出た。蔓はすずなが払い、魔物は私が殲滅(せんめつ)した。だが、裂け目そのものはまだ塞がっていない」

「あら、そんな大事だったの」


 クリスタは軽い調子で相槌を打ちながらも、視線だけはわずかに鋭くなっていた。


「東と西でも、同じ頃に異変が起きている」

「それで、私に何をさせたいの?」

「裂け目の封鎖だ。私の力では焼き払えても、閉じることまではできない」

「あなたが更地にした後を、私に片付けさせようってわけね」


 クリスタがくすりと笑う。


「いつものことじゃない」

「文句があるなら、断ってもいい」

「言ってないでしょう」


 クリスタは立ち上がると同時に、ようやくエルフィを地面に降ろした。降ろされたエルフィはふらつく足を踏ん張り、居心地悪そうに外套の裾を整える。すずながそっと隣に寄り添うと、エルフィは何も言わずにその肩へ半分だけ体を預けた。


「レイン、あなたも手伝ってくれるわよね」

「もちろん。そのために連れてきたんだからね」


 レインが軽く頷き、クリスタと並んで亀裂へ向き直る。


「久しぶりに、二人でやるとしようか」

「そうね。合わせてちょうだい」


 レインが手を掲げると、周りの空気がわずかに歪んだ。クリスタもまた、両手をまっすぐ前へ伸ばす。


「氷界(グラシアル)停滞(ステイシス)」


 二人の声が重なった瞬間、亀裂を中心に、地面から真っ白な霜が一気に広がっていった。焼け跡も、残っていた蔓の燃えかすも、霜に覆われて白く塗り替えられていく。吐く息が白く濁り、鼻の奥がつんと痛んだ。


「時間が……」


 紬が呟いたとおり、亀裂から漏れ出す闇の流れが目に見えて緩やかになっていく。足元の草の葉先までが、霜をまとったまま動きを止めていた。


 心春が両腕をさすりながら、白い息を吐く。


「すごい寒さです……」

「あれだけの範囲を一度に凍らせるなんて、想像もつきません」


 紬も驚いた様子で、亀裂の方を見つめていた。真っ白に凍りついた景色の中で、宙に残った闇の筋だけが、かすかに脈打つように蠢(うごめ)いている。


「これで、しばらくは持つ」


 レインが額の汗を拭いながら言った。クリスタは凍った亀裂を一瞥し、それからくるりと振り返る。


「あとは、あなたの仕事よ。エルフィちゃん」


 その目はもう笑っておらず、すずなの肩にもたれたままのエルフィを、まっすぐに見据えていた。


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