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【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第十二章 北の魔女

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第156話 終焉の導き手

 フィーネとセレアが同時に両手を掲げると、巨躯(きょく)の周りの空気がたわむように揺らいだ。踏み出しかけた前脚がわずかに沈み、魔獣の動きが目に見えて鈍っていく。


「すずなさん、今です!」


 フィーネの声に応じて、すずなが重ねるように言葉を紡ぐ。


「停止」


 すずなの魔力が二人の時空魔法に食い込み、巨躯の動きがぴたりと止まった。立ち昇っていた瘴気(しょうき)までが、宙で固まったように揺らぎを失う。


「長くは持ちません!」


 セレアの額に汗が滲む。三人がかりで押さえ込んでも、巨躯の内側で何かがもがいているのが、すずなの手のひらにまで伝わってきた。


「今しかない」


 エルフィが低く告げ、バルドに向き直った。


「下がっていろ」

「なに……?」


 バルドが一瞬、言葉を失う。エルフィの纏う空気が、これまでとは明らかに違っていた。


「全員、周辺から退避しろ!」


 バルドの怒鳴り声に、実力者たちが一斉に後方へと駆け出していく。フィーネとセレアが術を保ったまま後ずさり、紬と心春はすずなの腕を引くようにして距離を取った。


「先輩、エルフィさんは何をするつもりなんですか」


 紬の問いに、すずなは答えられなかった。ただ、以前に聞いた終焉の導き手という二つ名が、頭をよぎった。マスターランクのエルフィがそう呼ばれる理由は、ある広域の殲滅(せんめつ)魔法にあると聞いていた。実際に目にした者は、マスターランクと一部の高ランクの冒険者しかいないという。


「本当に使うところ、初めて見ます」


 心春が緊張した面持ちで呟いた。肩の上のフィンも、心春の髪にしがみついて小さくなっている。ガイルとリンドウも、遠く離れた場所から固唾(かたず)を呑んで見守っていた。


 エルフィが両手を高く掲げる。


「Annihi(アナイア)lation(レイション) End(エンド)」


 短い一言を合図に、エルフィの周りに何十もの魔法陣が同時に展開された。幾重にも重なり合う光の紋様が、亀裂を中心に広がっていく。


 視界が一瞬、闇に覆われたかと思うと、その中心にわずかな光が生まれた。光は瞬く間に膨れ上がり、次の瞬間には全てを呑み込む閃光へと変わる。


「うわっ」


 誰かの声が、光にかき消されていった。


 耳鳴りだけが残り、しばらくは自分の息遣いさえ聞こえなかった。ようやく視界が戻ってきた時、そこにあったはずの巨躯も、亀裂の周りを埋め尽くしていた魔物の群れも、何一つ残っていなかった。地面には焼け焦げたような跡が広がり、鼻の奥を刺すような焦げた匂いが漂っている。その真ん中で、エルフィが崩れ落ちるように膝をついた。


「エルフィさん!」


 すずなが真っ先に駆け寄り、紬と心春もすぐ後に続いた。


「大丈夫ですか」


 肩を支えると、エルフィの息は荒く、額には玉のような汗が浮かんでいた。


「問題ない」


 短く答える声にも、隠しきれない疲労が滲んでいる。バルドが恐る恐る焼け跡に近づき、目を見張った。


「一撃で、全部……」


 周りの実力者たちも、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。すずなが顔を上げると、亀裂のあった場所には、まだかすかな闇の裂け目が残っていた。手のひらほどの細い筋が宙に浮かび、時折、黒い息を吐くように揺らいでいる。


「まだ終わらんか」


 エルフィが掠(かす)れた声で呟いた。


「北だ。奴を呼ぶしかあるまい」

「北の……?」


 紬が問い返す間もなく、エルフィは続けた。


「レインも要る」


 肩で息をしながら、エルフィは懐から小さな銀色の印を取り出し、何もない空間へ向かって声を張った。


「レイン!」


 次の瞬間、目の前に歯車のような形をした魔法陣が浮かび上がった。修行の間、レインの指先で何度も見てきた紋様に、すずなは思わず息を呑む。レインが時の理で結んだ呼び出しの印を、ごく一部の者にだけ預けているという話を、いつか本人から聞いたことがあった。


 魔法陣の中心に、映し出されるようにしてレインの姿が浮かぶ。


「なんだい、エルフィ。君の方から呼ぶとはね」

「状況はどうだ」


 エルフィが短く問う。


「東の応援に出ていたんだがね。ついさっき、赤い光の粒が降ってきて、蔓はきれいに消えたよ」


 レインが飄々(ひょうひょう)とした調子で答えた。すずなと紬が、思わず顔を見合わせる。


「そうか」


 エルフィは目を閉じ、短く息をついた。


「北のクリスタと、お前の力が要る。連れてきてくれ」

「クリスタを? あの氷漬けの女王を、わざわざかね」


 レインが片眉を上げる。


「エルフィがそこまで言うとは、よほどのことらしい」

「南の裂け目が、まだ塞がりきっていない」


 エルフィは目を細め、宙に残る闇の筋を見やった。


「焼き払うだけでは、根が残るということだ」


 その言葉に、レインの表情がわずかに引き締まった。


「分かった。すぐに向かおう。君はそれまで、少し休んでいたまえ」


 映像が揺らぎ、歯車の魔法陣はほどけるように薄れていった。


 エルフィは膝をついたまま、まだ浅い息を繰り返している。すずなは支えていた肩から手を離さず、もう片方の手でそっとエルフィの背をさすった。外套越しに伝わってくる体は思っていたよりずっと細く、小刻みな震えがなかなか止まらなかった。


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