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【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第十二章 北の魔女

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第149話 夜明け前

 闇の奥で蠢いていたものが、少しずつ輪郭を持ち始めた。亀裂の縁から、黒く濁った体表を持つ獣の姿をした魔物が這い出してくる。続けて二体、三体と、影は次々に数を増やしていった。


「来る……!」


 誰かが叫んだ。


「落ち着け。数を数えろ」


 エルフィの声が、動揺を打ち消すように響いた。紬が魔銃を構え、Lunar(ルナー) Sight(サイト)で亀裂の縁を捉える。


「先頭五体。まだ増えます」

「右側にも三体います」


 心春が短く報告した。すでに腰の双剣の柄に手を添えている。


「リエラ、足を止めろ」

「承知しました」


 リエラが両手を広げると、先頭の魔物たちの周りに淡い光の膜が張られた。その動きが、目に見えて鈍っていく。


「今のうちだ!」


 ガイルが真っ先に地を蹴った。土の魔力を纏った剣が唸りを上げ、鈍った一体を斬り伏せる。それを合図に、集められた冒険者たちが一斉に動き出した。


 すずなも剣を握り直し、前へ出た。体の奥にはまだ転移の反動が残っていて、魔力を練ろうとすると指先がかすかに痺れる。今は剣だけで凌ぐしかない。迫ってきた一体の爪を刃で受け流し、返す一撃で脚を払う。修行の合間にも続けてきた剣の型が、考えるより先に体を動かしていた。


 その少し後ろで、紬の魔銃が乾いた音を響かせた。闇の中を駆けてくる魔物の眉間を、光の弾が正確に撃ち抜いていく。一発ごとに一体が地に伏し、すずなの横を抜けようとする影は、届く前に倒れていった。


「ミハル、右、来るよ!」


 フィンの声と同時に、心春の姿がふっと掻き消えた。Silent(サイレント) Step(ステップ)で気配を断った心春は、魔物の背後に回り込んで双剣を閃かせる。振り返ろうとした別の一体を、心春の肩から放たれた風の刃が切り裂いた。


『左だ。焼き払え』


 胸の奥で響いたバーニルの声に従って、心春が左手を振る。吹き上がった炎が、群れの一角をまとめて呑み込んだ。


 エルフィだけは動かず、亀裂そのものを見据えていた。魔物の数よりも、その奥にある何かを見極めようとしているようだった。


「まだだ」


 低い呟きは、戦いの喧騒にかき消されていった。


 どれほど斬り結んだだろうか。倒しても倒しても、亀裂の縁からは新たな影が這い出してくる。冒険者たちの中にも傷を負う者が出始めた頃、エルフィが片手を上げた。


「一旦退け!」


 鋭い声が響き渡り、戦っていた者たちが素早く後退した。負傷した仲間に肩を貸しながら退く者もいたが、命に関わる傷を負った者はいないようだった。


 息を切らしたリエラが、エルフィのもとへ駆け寄った。


「エルフィ様、このままでは押し切られます。数が多すぎます」

「ああ。散らばったままでは、一人ずつ削られていく」


 エルフィは即座に頷いた。


「三つに分ける。リエラ、フィーネ、セレアは左を。ガイル、リンドウ、ミナ、リナは右を。残りは私とすずなたちで、中央を抑える」

「承知しました」

「了解だ」


 それぞれが手早く隊列を組み直していく。


 その時、後方から角笛の音が響いた。


「あれは……」


 紬が振り返った。森の入口の方から、旗を掲げた一団が駆けてくる。先頭を切るのは、丸太のように太い腕に、その背丈に見合う巨大な剣を担いだ大柄な男だった。ただそこに立っているだけで、周囲の空気が一段と重くなったように感じられる。


「遅れてすまん、エルフィ」

「バルド」


 エルフィが応じたその名に、すずなははっとした。破砕の剣王と呼ばれるマスターランクの一人で、三十年前の侵攻では最前線に立っていたと、以前聞いたことがある。


「王都ギルドからの応援だ。事態が急変したと聞いて、すぐに動ける者を集めてきたぞ!」

「いいところに来た」


 バルドの後ろには、王都から駆けつけた実力者たちが続いていた。


「状況は」

「見ての通りだ。まだ全容は掴めていない」


 エルフィが亀裂を指差すと、バルドはそちらへ目を向けて低く唸った。


「なるほど、こいつは厄介だ」


 大剣の柄を握り直しながら、その口元に不敵な笑みが浮かぶ。


「なら、暴れ甲斐がありそうだな」


 それからバルドは、すずなたち三人の方へ視線を移した。


「お前らが噂の三人か」


 値踏みするような目に、すずなたちは自然と姿勢を正した。


「エルフィが目をかけていると聞いてたが……なるほど、良い面構えをしてるな!」


 豪快な笑い声が、張り詰めた空気にわずかな緩みをもたらした。


「押し込め!」


 バルドの大剣が風を切り、魔物の群れを薙ぎ払った。一振りごとに数体がまとめて吹き飛び、これまでとは明らかに違う勢いで戦線が押し上がっていく。


「左、押しています!」


 リエラの声が飛ぶ。フィーネとセレアがその両脇を固め、時を鈍らされた魔物を次々と仕留めていった。


「右も、なんとか持ち堪えてます〜」


 ミナののんびりとした報告の後ろで、ガイルとリンドウが前衛と後衛で息を合わせ、着実に数を減らしていた。


 中央では、すずなたち三人がエルフィとともに、亀裂の最前列を守り続けていた。


 剣を振るううちに、指先の痺れが少しずつ引いていくのが分かった。すずなは息を整え、足元へ風を集める。地面を蹴ると同時に体が前へ滑り出し、魔物との間合いが一瞬で詰まった。剣を握る右手の先に、鍋の熱を思い浮かべて火を灯す。白く燃える炎を纏った刃が、群れの先頭をまとめて焼き払った。


「先輩、さすがです!」


 紬の声が背中に届く。その魔銃は休むことなく乾いた音を響かせ、すずなの死角に回り込もうとする影を、一体残らず撃ち落としていた。


 じりじりと、けれど確かに戦線は押し戻されていった。それでも、亀裂そのものから溢れ出す魔物は途切れることがなかった。


「まだ湧いてくる……」


 紬が肩で息をしながら呟いた。振るい続けた腕は重く、引き金にかけた指も、少しずつ感覚が鈍り始めている。


「おい、もうすぐ夜が明けるぞ」


 誰かが叫んだ声に、すずなは周りを見回した。いつの間にか、隣で戦う仲間たちの顔が、灯りがなくてもはっきりと見えるようになっていた。


「もう、そんな時間か」


 エルフィの声にも、これまでにない疲れの色が滲んでいた。


 誰もが荒い息をつき、傷を抱えながらも踏みとどまっている。押し込むことには成功していたが、決して楽な戦いではなかった。


「亀裂の勢いは、明らかに弱まっている」


 バルドが大剣を地面に突き立て、杖代わりに体を預けた。


「だが、これで終わりとは思えん」


 その言葉に、反論する者は誰もいなかった。疲れ切った者たちは、それでも構えを解かないまま、亀裂を睨み続けていた。


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