第147話 招集
枯れ草を踏みしめて辺りを見回すと、そこは南の森の入口近くに張られた野営地だった。夜更けにもかかわらず、天幕のあちこちに明かりが灯り、見張りの冒険者たちが張り詰めた顔で森の奥を窺っている。
「エルフィ様!」
駆け寄ってきた見張りの一人が、息を切らしながら頭を下げた。
「状況は」
「綻びの奥で、何かが動く気配が続いています。監視の者は交代で張り付いていますが、数が足りません。メイル様は、ギルドで人を集めると言って、先ほど戻られました」
エルフィは森の奥へ一度だけ目をやり、短く息を吐いた。
「すずな。南のギルドまで飛べるか」
「はい」
すずなの足元から、再び黒い霧が広がった。
霧が晴れると、目の前には見覚えのある南のギルドの建物があった。エルフィが躊躇なく扉を開け放つ。
「エルフィ様」
受付嬢と、その隣に立つメイルが、すでに待っていた。
「メイル。今、ここにペンタゴンより上の者はどれくらいいる」
「夜遅くのため、多くの者がもう宿へ戻ってしまっております。素面なのは五人ほどで、食堂にも十名ほど残っておりますが……」
メイルが言葉を濁す。
「案内しろ」
短い指示にメイルが頷き、先に立って歩き出した。
食堂に足を踏み入れると、喧騒が耳を打った。卓を囲んで酒盛りをしている冒険者たちが、ちょうど十人ほどいる。誰も腕は確かそうだったが、いずれも顔を赤くし、呂律が怪しくなっていた。
エルフィが一同を見渡し、声を張った。
「お前たち、強制的に酔いを醒ますが良いか」
「もちろんで……す」
言い切る前に、エルフィが手をかざした。巨大な水の球が現れ、酔っ払いたちを一斉に包み込む。
「グッ……ゲホゲホ……」
水しぶきとともに、悲鳴とも呻きともつかない声が食堂に響いた。
「醒めたか?」
「は……はい。大丈夫です」
びしょ濡れのまま姿勢を正す冒険者たちに、エルフィは満足げに頷いた。その様子を見ていた紬が、心春にそっと耳打ちする。
「あれ、絶対わざと派手にやってますよね」
「たぶん、手加減する気は最初からなかったと思います」
「みんな、ずぶぬれだね」
心春の肩のあたりで、フィンが楽しそうにくるりと渦を巻いた。ひそひそ話に気づいたエルフィが軽く睨みを利かせると、紬と心春は慌てて口を噤み、心春は肩の上の風をそっと手で包んだ。
程なくして、素面だった五人と、水を滴らせた十人ほどが会議室に集められた。濡れた髪をかき上げながら並ぶ面々を見渡し、エルフィが口を開く。
「時間がない。手短に話す」
全員の視線が、エルフィに集まった。
「南の森の封印に、これまでにない規模の変化があった」
エルフィの声に、会議室の空気が張り詰めた。
「綻びの範囲が、この三日で急速に広がっている。監視の報告では、内側から漏れ出す魔力の濃さも上がり続けているそうだ」
誰かが息を呑む音がした。
「これまでの応急の強化では、もう抑えきれないかもしれない」
メイルが一歩前に出た。
「補足いたします。今夜、監視中の者が綻びの奥で複数の反応を確認しました。単独の魔物ではなく、群れによる動きです」
その言葉に、冒険者たちの間にざわめきが広がった。
「まさか、向こう側から――」
誰かが呟いた言葉を、エルフィは否定しなかった。
「その可能性はある。だからこそ、今夜のうちに手を打つ」
紬が身を乗り出した。
「エルフィさん。わたしたちは何を」
「まずは、今の状況を掴むことが先だ」
エルフィの視線が、卓に広げられた地図の上を滑った。
「二人一組で綻びの周囲を分担して調べる。異常があれば、すぐに狼煙を上げろ。一人で動くことは許さん」
「はい」
十五人の声が揃った。
「すずな、紬、心春。お前たち三人は、私と共に綻びの中心を見る」
三人が同時に頷く。
「他の者は、外周を四方から固めろ。何か見つけても、決して自分たちだけで手を出すな。まずは私に知らせろ」
冒険者たちがそれぞれ頷き、手早く二人組を作っていく。メイルが地図の上に指を置き、担当の区画を割り振っていった。
「北側の区画は、私とアルビンで」
「西側は、任せてください」
次々と声が上がり、会議室にはにわかに慌ただしい空気が満ちていった。
「準備ができた組から集まれ。夜が明ける前に、一度全員で状況を持ち寄る」
エルフィの言葉に、皆が一斉に動き出した。
「先輩、大丈夫ですか」
紬が、そっとすずなに声をかけた。
「はい。少し、緊張していますけど」
すずなは小さく息を吐き、腰の剣の柄に手を添えた。
「心春さんも」
「私も、大丈夫です」
心春の横顔には、母を奪った三十年前の侵攻と向き合う覚悟のようなものが滲んでいた。
やがて、支度を終えた冒険者たちが会議室の中央に集まってきた。その顔ぶれを見渡してから、エルフィがすずなに視線を向ける。
「すずな、全員を同時に運べるか」
「はい、大丈夫です」
すずなが頷くと、エルフィは短く告げた。
「野営地へ戻る。気を引き締めろ」
すずなは輪の中心に立ち、目を閉じた。十数人分の気配を一つずつ確かめながら、足元から広がる黒い霧の内側へと迎え入れていく。最後の一人まで霧に包まれたのを確かめてから、すずなは腰の剣の柄を握り直した。




