第145話 写真鑑賞会
夕食を終えると、四人は居間に移った。今夜は心春も泊まっていくことになっていて、まだ帰る気配はない。皿を片付け終えたすずなが長椅子に腰を下ろすと、待ちかねたように紬がその隣へ滑り込んできた。
「先輩。あの写真、もう一回見せてください」
「え、今ですか?」
「今です」
卓の向こうで菓子をつまんでいたエルフィの肩が、目に見えて強張った。
「もう十分見ただろう」
「まだちゃんと見てません」
有無を言わせぬ紬の様子に、すずなは困ったようにエルフィの方を窺った。
「それに先輩、さっきは、いつの間にか待ち受けに変わってたって言ってましたよね」
「はい……」
「スマホって、勝手に待ち受けが変わったりしませんよね」
紬に真顔で問われ、すずなは観念したように目を伏せた。
「あまりにも可愛くて、つい……自分で、設定しました」
「分かります」
紬が深く頷いた。長椅子の端では、心春までもが真顔で同意している。エルフィは何か言い返そうと口を開きかけたが、言葉が見つからなかったのか、そのまま菓子を一つ口に放り込んだ。
「他には? 他にもあるんですよね?」
身を乗り出す紬に押し切られる形で、すずなはアルバムを開いた。
「えっと、実は……」
画面に並んだ写真の数に、エルフィの目が見開かれた。白いドレスを纏って試着室の鏡を見つめる姿もあれば、黒いドレスで裾をつまんでいる姿もある。どれも、エルフィが鏡に見入っている間に、カーテンの隙間から撮られたものだった。
「待て。それは、いつ撮った」
「試着室で、エルフィさんが鏡を見ている間に……」
「家で一枚撮っただけだと思っていたぞ」
「すみません。どうしても、残しておきたくて」
エルフィが手を伸ばすより早く、心春が画面を覗き込んでいた。
「わあ……」
心春は、そのまま言葉を失ったように画面を見つめた。
「これ、本当にエルフィさんですか?」
「本当にエルフィさんです」
紬が誇らしげに答える。まるで自分の手柄のような口ぶりだった。
心春はしばらく画面を指先で送っていたが、やがて顔を上げた。
「この裾のフリル、細かいところまで丁寧ですね」
「そうなんです。お店の人も、エルフィさんにすごく似合うって言っていました」
すずなが嬉しそうに補足すると、エルフィは余計に居た堪れなさそうな顔をした。
「この、片手を頬に添えてるの、可愛すぎませんか」
紬が指差した一枚を、心春がまじまじと見つめた。
「本当ですね。エルフィさんのこんな柔らかい表情、初めて見ました」
「その一枚だけは消せ」
エルフィが慌てて口を挟んだが、紬はすでに次の写真へと指を滑らせていた。
「あ、これは鏡越しですね。角度がいいです」
「そこまで解説しなくていい」
「エルフィ、かわいいね」
心春の肩のあたりで、淡い風の輪郭がくるりと渦を巻いた。いつの間にか、フィンまで画面のすぐそばまで寄ってきていたらしい。
「フィン……」
「だって、ほんとにかわいいもん。ミハルも、そう思うでしょ」
「はい。思います」
心春があっさりと頷くと、エルフィは菓子を口に運びかけた手を、宙で止めたまま固まった。精霊にまで面と向かって褒められたのは、さすがに初めてだったらしい。
「写真もいいですけど、実際に着ているところも見てみたいです」
心春が画面から顔を上げて言うと、紬がすかさず続いた。
「わたしもです」
「それは、私からはお願いできないです」
「先輩は言えるじゃないですか。一緒に行ったんですから」
「それとこれとは、話が別です」
すずなの言い訳めいた口調に、紬と心春がくすくすと笑う。エルフィだけが、逃げ場を探すように視線を彷徨わせていた。
「今度みんなで一緒に買い物に行く約束、しましたよね」
「した」
「なら、今日はその予行練習ってことで、少しだけ見せてもらえませんか」
心春がそう言葉を重ねると、紬も勢いよく乗った。
「そうですそうです。予行練習です」
「なんだ、その理屈は」
エルフィが呆れたように言い返す。だが三対の視線は、揃って揺るがなかった。
「一回だけです。一回だけ見せてくれたら、今日はもうしつこく言いません」
紬が指を一本立てて念を押す。
「本当に、それで終わるんだろうな」
「はい」
三人が声を揃えて頷くと、エルフィは長く息を吐き、諦めたように立ち上がった。
「黒い方だけなら」
一度隣の家へ戻ったエルフィが、しばらくして黒いレースのドレスに身を包んで現れた。動くたびに、裾のフリルが小さく揺れる。
居間が、一瞬で静まり返った。
「可愛い……!」
紬が両手で口元を覆う。
「すごく綺麗です」
心春も声を弾ませた。
「写真で見るより、断然いいです」
紬が興奮気味に付け加えると、すずなも大きく頷いた。
「はい。実物は、また違った可愛さがありますね」
三人の視線を一身に受け、エルフィはドレスの裾を握ったまま、どこに目を向ければいいのか分からないように立ち尽くした。
「もう十分だろう」
「まだ全然見足りません」
紬の即答に、エルフィは天を仰いだ。
「今度日本に行く時は、白い方も着てみせてくださいね」
「いっそ、その格好のまま日本に行きましょう」
心春が名案だとばかりに手を打つと、エルフィは絶句した。




