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【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第十一章 南の護り手

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第140話 父の軌跡

 三人で過ごした夕方から数日後、心春のもとにシェイラからの手紙が届いた。


『お話ししておきたいことがあります。一人で、私の庵まで来ていただけますか』


 短い文面だったが、丁寧な筆跡の奥に、いつもと違う響きがあるように感じられた。心春は手紙を畳んで懐にしまい、翌朝、一人で王都の東の外れにある森へ向かった。


 木々の間を抜けた先の庵の前で、シェイラが待っていた。足元には苔むした石がいくつも並び、その陰で、フィンやバーニルとは違う気配の精霊たちがひっそりと息をひそめている。


「来てくださって、ありがとうございます」

「いえ。お手紙、読みました」


 庵の中に通され、木の卓を挟んで腰を下ろす。シェイラが淹れてくれた薬草のお茶から、すっとした香りが立ちのぼった。


 心春は湯気の向こうのシェイラを見つめ、少し迷ってから口を開いた。


「父のこと、ですよね」

「察していましたか」

「はい。この前ここで父の話を伺った時、まだ何か言わずにいらっしゃるように見えたので」


 初めてシェイラに会った日のことも、心春は覚えていた。中村心春です、と名乗った時、シェイラはほんの一瞬だけ言葉を失い、確かめるように「中村……」と繰り返していた。あの時の声の揺れは、この庵で父の話を聞いた後も、心春の耳の奥に残り続けていた。


「この前ここで、父がこの世界でどう過ごしていたかを教えていただきました」

「ええ。初級の精霊と契約して、地道にヘキサゴンまで上がった人だと」


 シェイラは湯呑みを卓に置き、まっすぐに心春を見た。


「今日は、その先のことをお話しします」


 心春は膝の上で両手を重ね、背筋を伸ばした。


「お父さんは、元の世界へ帰る時に、こちらでの記憶の大部分を失ったと聞いています」

「記憶を……?」


 声が、自分でも驚くほど掠れていた。


「父は、こちらでのことを、何も覚えていないんですか」

「大部分は、です。全てではないと思います」

「どうして、そんなことに」

「理由は、私も知らされていません」


 シェイラは小さく首を振った。


「ただ、お父さんが帰る前後のことは、エルフィが一番よく知っているはずです」

「エルフィさんが……」


 心春の頭に、日本の実家で濃い茶を挟んで向き合っていた、父とエルフィの姿が浮かんだ。


 言葉少なに湯呑みを傾け合う二人の間には、初めて会った者同士とは思えない、不思議な落ち着きがあった。あの時は、エルフィが誰に対してもああいう態度なのだと思っていた。けれど今思い返すと、父の方も、目の前の小さな相手をどこか懐かしむように見ていた気がする。


「全部を忘れたわけじゃ、ないのかもしれません」


 心春がぽつりと呟くと、シェイラはゆっくりと頷いた。


「私も、そう思います」


 父は昔から、自分の若い頃の話をほとんどしない人だった。何を尋ねても、はぐらかすように話を逸らし、最後には決まって黙り込んでしまう。心春はそれを、ただの口下手だと思っていた。


 けれど本当は、話したくても話せなかったのかもしれない。自分の中で何かが抜け落ちていることだけは分かっていて、その空白に触れられるのを、どこかで避けていたのかもしれない。


「父は、ずっと一人で、それを抱えていたんでしょうか」

「どうでしょう。ただ、あなたを育てた時間は、間違いなくお父さん自身のものです。そこには、何の空白もありません」


 シェイラは少し間を置いてから、目元をわずかに和らげた。


「それに、あなたはお父さんによく似ています」

「私が、ですか」

「決めたら迷わないところも、慎重なところも、口数が少ないところも。初めて会った頃のお父さんを見ているようです」


 心春は返す言葉を探したが、何も出てこなかった。代わりに胸の奥で、小さな炎がぱちりと爆ぜる気配がした。


『シェイラの言う通りだ。お前は、頑固なところまで父親譲りなのだろう』


 バーニルの声が、胸の内側に低く響く。


「バーニル……」

「ミハル、頑固じゃないよ。ちょっとだけだよ」


 肩のあたりで、フィンがくるりと渦を巻いた。シェイラの前だからか、いつもより声を潜めている。


 心春は小さく笑い、湯呑みに残ったお茶を飲み干した。


「エルフィさんに、聞いてみます。父のこと」

「ええ。話してくれるかどうかは、エルフィ次第ですが」

「それでも、聞いてみたいんです」


 心春の答えに、シェイラは満足そうに頷いた。


 庵を辞して森の道を戻りながら、心春は懐から手紙を取り出した。シェイラの丁寧な筆跡を指先でなぞると、濃い茶を前に父と向き合っていた、エルフィの小さな横顔が目に浮かぶ。あの日、言葉の少ない卓で、二人は何を確かめ合っていたのだろう。


「今度は、私が向き合う番ですね」


 呟いた心春の頬を、フィンの風が応えるように一度だけ、そっと撫でていった。


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