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【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第十一章 南の護り手

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第139話 もう一着の衣装

 測定を終えたその日の夕方、心春が焼き菓子の包みを抱えて、すずな達の家を訪ねてきた。


「お疲れさまでした。今日は、色々ありましたから」


 居間の卓に包みを広げると、香ばしい匂いがふわりと立ちのぼった。紬が台所から果実水を運んできて、三人分の杯に注いでいく。


「心春さん、ありがとうございます。いただきます」

「紬さんも、お疲れさまでした。その、加護のこと……」

「言わないでください。今日一日で、もう一生分笑われました」


 紬は焼き菓子を一つ口に放り込み、長椅子の背にもたれてため息をこぼした。


 すずなが果実水を口に運んでいると、心春がそっと杯を置いた。


「それで、すずなさん」

「はい」

「この前のお店で私が言ったこと、覚えていますか」


 改まった声に嫌な予感を覚え、すずなは杯を握り直した。


「見てみたかったです、って言いました。それから、ずるいです、とも」

「覚えて、います……」

「紬さんは見たんですよね」

「はい。見ました」


 紬が背もたれから身を起こし、なぜか胸を張って答えた。


「だったら、私にも見る権利があると思うんです」

「権利、ですか……」

「わたしも、もう一回見たいです」


 すかさず紬が心春の側についた。


「紬さんはもう見たじゃないですか」

「一回見たら、二回目も見たくなるものなんです」

「そういうものじゃないと思います……!」


 すずなの抗議は、二人の視線の前であっさりと勢いを失った。心春は両手を膝の上で揃え、期待を隠しきれない目でこちらを見つめている。紬は紬で、焼き菓子をもう一つ手に取りながら、勝ちを確信したような顔をしていた。


「私だけ見られるのは不公平です。紬さんの装いは、もう街中の人が見ているのに」

「わたしのは事故みたいなものです。先輩のは、ちゃんと用意された衣装なんですよね」

「うぐ……」


 すずなは言葉に詰まり、天井を仰いだ。逃げ道は、どこにも残っていない。


「心春さんに見せるだけですからね。紬さんは、見なくていいです」

「それは無理です。同じ部屋にいるので」


 ため息を一つ残して、すずなは自分の部屋へ引っ込んだ。


 箱を開け、袖を通し、背中の紐を結んでいく。前にも着たのだから少しは手早くなっているはずなのに、二人が待っていると思うと、結び目がなかなか決まらない。扉越しに、紬が心春へ何やら得意げに説明している声が聞こえてきた。


「リボンが、こう、大きくて……裾がふわっとしてて……」

「紬さん、言わないでください……!」


 そう抗議してから、すずなは深呼吸を一つして扉を開けた。


「お待たせ、しました」


 居間に足を踏み入れた途端、心春が両手を口元に当てたまま動かなくなった。


「わぁ……」


 黒地に赤いレースと刺繍をあしらった衣装の裾が、すずなが歩くたびにふわりと揺れる。心春の視線がゆっくりと上から下へ降りていき、また上へ戻ってきた。


「すごく、素敵です。すずなさん」

「あ、ありがとうございます……」

「お人形さんみたいです。本当に」


 まっすぐな称賛に、すずなの顔がみるみる熱くなる。その横で、紬が腕を組んで頷いた。


「この前より、似合ってますね」

「どうして紬さんが得意げなんですか」

「一度見ているので、見る目が肥えたんです」


 すずなが睨むと、紬はけろりとした顔で焼き菓子をかじった。心春がくすくすと笑い声をこぼす。


 卓の前に腰を下ろすと、裾が椅子の上いっぱいに広がった。どう整えればいいのか分からないまま、すずなは膝の上で手を重ねる。


「でも、エルフィさんはどうしてこれをすずなさんに着せたんでしょう」


 心春が首を傾げた。


「クレアさんの流儀だっていうのは、違ったんですよね」

「クレアさんは、名前を勝手に使われたって言っていたそうです。ミナさんたちが話していました」


 紬の言葉に、すずなはしばらく考え込んだ。それから、あの日のことを一つずつ辿るように口を開く。


「修行の合間に、闇の装いの話になったことがあるんです。その時、エルフィさんが何か言いかけて。『すずな、わたしもあの服装を……』って。その先は、聞かせてもらえませんでした」

「あの服装、ですか」

「その後で、私がゴスロリの話をしたら、エルフィさんは『なんだそれは』って。名前も知らなかったんです」


 紬が焼き菓子を持つ手を止めた。


「名前も知らないのに、こんなにちゃんとした一着を用意できたんですか」

「そう、なりますね……」


 紬と心春が、ゆっくりと顔を見合わせた。


「わたしも、あの服装を……」

「着てみたい、の続きですよね、それ」


 心春が小声で続きを補うと、紬が卓の上に身を乗り出した。


「つまり、本当にあの服を着たかったのは」

「エルフィさん自身、ってことですか」


 三人の間に、短い沈黙が落ちた。名前も知らないまま、どこかで目にしたこの服をずっと覚えていて、わざわざ一着用意してきたエルフィの姿が、すずなの頭の中で「クレアの記憶違いだ」と言い切った横顔と、一本の線で繋がっていく。


「確かめてみたいですね」


 紬の口の端が、じわじわと上がっていく。


「あの無表情が、どんな顔をするのか。ちょっと見てみたいです」


 心春も、遠慮がちにではあったが、はっきりと頷いた。


「あの、そろそろ着替えても……」

「あ、待ってください」


 紬が懐から、日本から持ってきたスマホを取り出した。


「記念に、一枚だけ」

「だめです……!」

「心春さんも、欲しいですよね」

「はい。欲しいです」


 心春が控えめに、けれど迷いなく答えた。二対一になったことを悟り、すずなは裾を握りしめたまま肩を落とした。


「本当に、一枚だけですからね」

「はい。一枚だけです」


 紬がスマホを構えると、小さな電子音が居間に響いた。画面を覗き込んだ心春が、嬉しそうに目を細める。


「すずなさん、目を閉じかけてます」

「えっ」

「じゃあ、もう一枚」

「一枚だけって言いました……!」


 抗議もむなしく二枚目の電子音が鳴り、紬は満足げに画面を眺めてから、今度は心春の方へ視線を向けた。


「次は、心春さんの番ですね」

「えっ、私ですか……?」

「先輩の衣装、予備がもう一着あるんです。エルフィさんが預かってるって」

「いいと思います。デザインも違うらしいので、心春さんにもきっと似合います」


 自分から矛先が逸れる好機を逃すまいと、すずなはすかさず紬の側に回った。


「すずなさんまで……! そ、そういうのは、ちょっと……」


 心春がおろおろと視線を泳がせる。その肩のあたりで、淡い風の輪郭がくるりと楽しげに渦を巻いた。


「ミハルが着るとこ、僕も見たいなあ」

「フィン……!」


 さっきまで攻める側にいた心春が、今度は真っ赤になって肩の上の風をたしなめている。すずなは広がった裾をそっと整えながら、ようやく自分の番が終わったことに、こっそり胸を撫で下ろした。


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