第138話 真の闇の使徒の加護
「そういえば」
野営地へ戻る道すがら、すずなが思い出したように口を開いた。
「修行を終えてから、レベル測定してないですね」
「言われてみれば、そうだな」
エルフィが足を止めて振り返った。
「時空魔法も属性魔法も、習得した後に測っていない。ちょうどいい機会だ。戻ったら、ギルドに寄っていくか」
「はい。お願いします」
すずな、紬、心春の三人は頷き合った。
野営地でリエラたちに別れを告げると、すずなの足元から黒い霧が広がり、四人を包み込んだ。霧が晴れた時には、見慣れた街のギルドがもう目の前にあった。中へ入って測定室へ向かうと、部屋の中央には淡く光る水晶の台座が据えられている。
「まずは心春からだ」
エルフィに促され、心春が水晶に手をかざす。魔力が水晶に吸い込まれていく感覚があり、しばらくすると宙に光の文字が浮かび上がった。
【中村心春 レベル29】
体力:C
腕力:C+
魔力:B
俊敏:B+
器用:B
加護
Silent Step
Flash Step
精霊術師の加護
契約精霊
フィン(風)
バーニル(火)
「心春さんの伸び幅、すごいですね」
すずなが驚いたように言った。
「精霊契約は、それだけ負荷の大きい修行だからな。数値以上に得たものは大きいはずだ」
エルフィが解説した。
「では、すずな」
エルフィに促され、すずなは水晶の上に手を置いた。
【楠すずな レベル33】
体力:B
腕力:B-
魔力:A
俊敏:B+
器用:A
加護
Fable Unbound
Moon Return
Seafoam Fate
Siren's Grace
Foam Veil
Withering Rose
Twin Bloom
Rose Ward
Midnight Bell
Golden Hour
時空魔法
加速/緩速/停止/軌道逸脱
属性魔法
火属性魔法
風属性魔法
闇属性魔法
「レベル33……」
すずなはその数字と、体力・魔力・器用の伸びを見つめた。
「順当な伸びだ。特に魔力と器用の値が跳ねているな。属性魔法の習得がそのまま反映されている」
エルフィが満足げに頷いた。
「ありがとうございます」
すずなは少し照れながら頭を下げた。
「最後は、わたしですね」
紬が水晶に手を置いた。心なしか、その手つきには自信が漲っていた。同じように光の文字が浮かび上がる。
【雨宮紬 レベル32】
体力:B
腕力:A+
魔力:B-
俊敏:A
器用:A
加護
Lunar Sight
Echo Sight
Withering Rose
Twin Bloom
真の闇の使徒
狙撃技術
Sniper Shot
Night Strike
Guided Shot
「体力と魔力も少し上がってます」
紬は嬉しそうにその文字を見つめた。
「Aが三つもあります」
「そうだな……ぐっ……」
エルフィが突然、口元を押さえて息を詰まらせた。目が明らかに水晶の一点に釘付けになっている。
「えっ? どうしたんですか、エルフィさん」
エルフィのその様子に、すずなが驚く。つられてその視線の先を追い――
「あっ……」
そう言ったきり、すずなも顔を逸らした。両手で口元を覆い、目尻にうっすらと涙まで浮かべている。
「え? 何があったんですか、お二人とも」
心春が二人の様子に驚くとともに、そちらを覗き込んで、同じように黙り込む。頬がみるみる赤くなっていく。
「えっ? 三人とも一体どうしたんで……あっ」
紬も自分のステータスに目を走らせ、ある行でぴたりと視線を止めた。数秒の沈黙の後、その顔が朱に染まっていく。
「なんでこんな加護が……加護なんですか、あれ」
紬は震える声で水晶に浮かぶ文字を指差した。声が完全に裏返っていた。
エルフィはしばらく顔を背けて壁を眺めていたが、やがて一つ咳払いをして、ようやく真剣な表情を取り戻した。
「説明する」
「お願いします……!」
紬が縋るような目で見つめる。
「加護というのは、本来、生まれ持った資質や、大きな試練を経て刻まれるものだ。だが稀に、別の形で定着することがある」
「別の形、ですか」
「本人が強く自己を定義した状態で、極限まで力を発揮し続けたとき。その在り方そのものが、加護として世界に刻まれることがある」
エルフィは淡々とした口調で、それでも一語一語を丁寧に選ぶように語った。
「お前はクレアとの修行の間、片目を封じ、片手を封じた状態で、幾度となく極限の集中を強いられた。その状態で自らを『真の闇の使徒』と繰り返し定義し続けた」
「そ、それは、その……勢いで……!」
「勢いであっても、関係ない。魂に刻まれるほど繰り返せば、それはお前という存在の一部として、世界に認識される」
エルフィの言葉に、紬は言葉を失った。両手で顔を覆い、指の隙間から絶望した目だけを覗かせている。
「つまり……もう、消せないんですか」
「消せない。加護は一度定着すれば、生涯その者について回る」
「そんな……!」
紬は頭を抱え、その場にがっくりと膝をついた。すずなはその隣で、なんとも言えない表情を浮かべながら、紬の背中にそっと手を添えた。
「大丈夫、紬さん。加護があること自体は、悪いことじゃないと思うよ」
「先輩……でも、これ絶対に説明が面倒なやつです……!」
紬は涙目になりながら、水晶の文字をもう一度見つめた。
「ちなみに」
エルフィがそこで、少し声のトーンを落とした。
「この手の加護は、稀にだが実際の戦闘能力に影響を及ぼすこともある」
「え……」
紬が恐る恐る顔を上げた。
「片目と片手を封じた状態での戦闘経験が長かった分、実は通常時よりも、その状態での命中率や反応速度が、わずかに高い数値を示している。参考記録として水晶に残っていた」
「つまり……」
心春がおずおずと口を挟んだ。
「あの格好の方が、紬さん強いってことですか」
「そういうことになる」
エルフィが頷いた。
沈黙が測定室に落ちた。誰も、何も言えなかった。
「わたし、これからずっとあの格好で戦うんですか……」
紬は消え入りそうな声で呟いた。
「必ずしもそうとは限らない。だが、いざというとき力を発揮しやすい形があるというのは、悪いことではない」
エルフィの慰めにもならない慰めに、紬は深いため息をついた。
「わたしの人生、どこで、こんなことに……」
「紬さん、大丈夫。似合ってるから」
すずなが優しく声をかけた。だが、その口元は隠しきれない笑みで緩みきっていた。
「先輩も笑ってる……!」
「わ、笑ってないよ……!」
すずなは慌てて表情を取り繕おうとしたが、口元だけがどうしても言うことを聞かなかった。隣で心春も、両手で口を押さえて必死に笑いを噛み殺している。
測定室の中に、しばらくの間、紬の情けない呻き声と、それを堪えきれない三人の忍び笑いが響いていた。
「まあ」
エルフィが話を締めくくるように口を開いた。表情はもうすっかりいつもの無表情に戻っていたが、目の奥にはまだ微かな笑いの余韻が残っていた。
「加護は使い方次第だ。真の闇の使徒としての力も、いずれ南の脅威に立ち向かう際の、大きな武器になるだろう」
その言葉に紬は複雑な表情のまま、それでも小さく頷いた。
「頑張ります。真の闇の使徒として」
「その意気だ」
エルフィがあっさりと頷いた。
「なんなんですかー!」
紬の叫びが、測定室の外に響き渡った。




