第136話 南の護り手たち
四人での食事会から数日後、エルフィはすずなたちを南の地へと案内した。
「今日は、南の封印を見てもらう」
修行のときとは違う張り詰めた響きを帯びたエルフィの声に、すずな、紬、心春の三人は自然と表情を引き締めた。
「修行の間、この南の地はどうなっていたんですか」
「複数のパーティーに防衛と監視を任せていた。人の手配は、南のギルドのメイルがしてくれている。お前たちも顔を合わせておくといい」
すずなの問いに歩きながら答えるエルフィについてしばらく進むと、森の入口近くの一角に、天幕を張った野営地が見えてきた。周囲には簡易的な結界の跡が幾重にも張り巡らされ、焚き火の燃えさしから細い煙が立ち上っている。
「エルフィ様。お疲れ様です」
天幕の一つから響いた涼やかな声とともに、長い耳を持つ三人組が姿を現した。
「デカゴンランクのリエラたちだ」
エルフィが紹介すると、先頭に立っていた女性が優雅に一礼した。
「リエラです。こちらはフィーネとセレア」
「よろしくお願いします」
残る二人もそれぞれ丁寧に頭を下げる。三人とも、どこかエルフィを思わせる端整な面差しをしていた。すずなたちも順に名乗り終えると、リエラが穏やかに続けた。
「わたしは時空魔法を扱います。監視には、加速と停止を使うことが多いですね」
「時空魔法……」
レインのもとで学んだ、あの時の理と同じ系統だった。声を漏らしたすずなに、リエラが小首を傾げる。
「すずなさんも、時空魔法を?」
「はい。レインさんに教えていただきました」
「まあ、レイン様の生徒さんでしたか。それは心強いですね」
興味深そうにすずなを見つめていたリエラの視線が、ふと心春の胸元で止まった。
「そちらの方からは、精霊の気配がしますね。それも二つ」
「は、はい。フィンとバーニルです」
「契約して間もないのに、ずいぶんと懐いていること。良い主に巡り会えたのでしょう」
褒められた心春が照れくさそうに俯いたところで、少し離れた天幕から賑やかな声が聞こえてきた。
「お、噂の新入りたちか?」
軽薄な口調とともに現れたのは、派手な色合いの外套を纏った男だった。
「オクタゴンランクのガイルだ。土魔法を使う剣士をやってる。態度はこんなだが、腕は本物だぞ」
へらへらと笑いながらすずなたちを値踏みするように見回すガイルの隣で、鋭い目つきの女性が溜め息をついた。
「態度を改めれば、もっと信用されるでしょうに」
背筋を伸ばした整然とした佇まいは、ガイルとは対照的だった。
「ヘプタゴンのリンドウです。光魔法で、後方支援を担当しています」
「よろしくお願いします」
すずなたちが挨拶を返すと、ガイルが大げさに肩をすくめてみせた。
「まあ、ここまで無事にやってこられたのは、リンドウの小言とエルフィ様の見回りのおかげだな。あの見回り、容赦がないんだ。夜中にいきなり現れて、結界の綻びを三つも四つも指摘していく」
「指摘されるような張り方をするからだ」
ぴしゃりと返したエルフィに、ガイルは「ほらな」とでも言いたげにすずなたちへ目配せする。その後ろから、ふわふわとした足取りで黒ずくめの二人の女性が姿を現した。
「はじめまして〜」
「よろしくです〜」
よく似た顔立ちの二人は、声のトーンまでどこかのんびりとしている。
「双子のミナとリナだ。見た目通り少しぽわぽわしてるが、腕は確かだぞ」
「わたしたち、クレアさんの弟子なんです〜」
ガイルの紹介に続いたミナの一言に、すずなたちは驚いて顔を見合わせた。
「クレアさんの……?」
「どうりで、その格好……」
目を丸くした紬に、リナがのんびりと頷く。
「はい〜、狙撃を教わりました〜」
「紬さんも、クレアさんに教わったんですか〜?」
「はい。まさか、同じ師匠だったなんて」
親近感を覚えたように一歩近づいた紬の顔を、ミナとリナがじっと覗き込んだ。
「あれ〜? もしかして、真の闇の使徒さんですか〜?」
「えっ」
「クレアさんが、すごく楽しそうに話してました〜。眼帯と包帯と〜」
「そ、その話はもう……!」
真っ赤になって両手を振る紬の横で、すずなは笑いを堪えるのに必死だった。
「今度、色々聞かせてください〜」
「は、はい……こちらこそ……」
力なく答える紬をよそに、ミナがぽんと手を打つ。
「そういえばクレアさん、この前、誰かに名前を勝手に使われたって言ってました〜。なんだか、ちょっと嬉しそうでした〜」
その瞬間、エルフィの肩がぎくりと揺れた。すかさず横目を向けた紬と、同じく何かを察したすずなの視線を振り払うように、エルフィは咳払いを一つして向き直る。
「この二つのパーティーが、修行期間中の南の防衛を担ってくれていた」
「本当に、感謝しかありません」
深く頭を下げたすずなに、リエラがやわらかく首を振った。
「お礼には及びません。それより」
表情を引き締めたリエラが、エルフィへと目を向ける。
「エルフィ様、南の様子について、そろそろお伝えした方がよろしいのでは」
「ああ。これから、実際に見せる」
一段と真剣な顔つきになったエルフィが、すずなたち三人を振り返った。
「ここから先は、私から離れるな」
短く告げられたその一言に、野営地に漂っていた和やかな空気がすっと引いていく。
天幕の並ぶ一角を抜けて森の奥へ進むにつれ、木々は葉を落とし、立ち枯れた幹が目立ち始めた。吸い込む空気は次第に乾き、喉の奥がかすかにひりつく。やがて、うっすらと異様な気配を放つ一角が、木々の向こうに見え始めた。
「あれが……」
心春が息を呑む。
数か月前、封印の綻びが見つかったあの場所だった。一歩踏み出すと、足元の枯れ草が、乾いた音を立てて崩れた。




