第131話 再会
その日の修行を終えたあと、すずなは一人で街へ買い物に出ていた。用を済ませて家へ戻る道すがら、頭の中では昼間の試しを何度もなぞり直している。届くと期待した途端に気配が戻ってしまう癖は、まだ抜けきっていない。
そんな時、見慣れた道の先に、こちらへ向かって歩いてくる人影が見えた。人影は片目を覆う眼帯に包帯を巻いた左手、全身を包む闇色の装束という出で立ちをしている。遠目にも異様なその姿にすずなは足を止めかけたが、歩き方には見覚えがあった。少し前のめりで、急いでいる時ほど歩幅が大きくなる。ずっと隣で見てきた歩き方だった。
「紬さん?」
呼びかけると、人影がぴたりと足を止めた。
「先輩……!」
駆け出した紬に向かって、すずなも迷わず駆け寄った。勢いのまま飛びついてきた紬を受け止めると、背中の魔銃がごとりと揺れ、腕の中に懐かしい重みが収まる。数か月ぶりに抱きとめた体は、記憶にあるよりも少しだけ引き締まっていた。
「おかえりなさい、紬さん」
「ただいまです、先輩」
紬はしばらくそのまま離れようとしなかったが、やがて我に返ったように身を離し、息を切らしながら照れくさそうに笑った。
「その格好、やっぱり……」
すずなは改めて紬の全身を見つめた。眼帯も包帯も闇色の装束も、エルフィから聞いていた通りだった。けれど実際に目の当たりにすると、話から思い描いていた姿よりもずっと迫力がある。
「これは、その……クレアさんに、着替えるなと言われて」
頬を赤らめて視線を逸らす紬に、すずなは素直な言葉を返した。
「似合っていると思います」
「え……」
驚いたように顔を上げた紬が、疑わしげに眉を寄せる。
「本当ですか? からかっていませんか?」
「からかっていません。かっこいいと思います」
真っ直ぐに見つめ返すすずなを前に、紬はしばらく言葉を失っていたが、やがてくしゃりと表情を崩した。
「先輩も、なんだか雰囲気が変わりましたね」
「そうですか?」
「はい。前よりしっかりしたというか、強くなった気がします」
自分ではよく分からないまま、すずなはこの数か月を振り返った。レインに時の理を教わり、エルフィのもとで火と風を覚え、今は闇を学んでいる。一つずつ積み重ねてきたものが外から見ても分かる形になっているのだとしたら、少しだけ誇らしい。
「紬さんも、修行は終わったんですか? もう少しかかるものだと思っていました」
「思ったより早く仕上がったって言われて、先に帰っていいことになったんです。卒業の証に、これももらいました」
紬が背負っていた魔銃を下ろしてみせる。使い込まれた銃身には、細かな傷が幾つも刻まれていた。
「すごく、手に馴染んでいそうですね」
「でしょう?」
誇らしげに笑って魔銃を背負い直した紬が、何かを思いついたように顔を上げた。
「先輩は、今は何を教わってるんですか?」
「闇です。気配を薄める練習をしています」
「気配を?」
「見ていてください」
すずなは一歩下がって目を閉じた。自分の縁をなぞり、そっと滲ませていく。肩の力を抜き、周りの空気と自分との境目を曖昧にする。何度も繰り返してきた手順を一つずつ辿るうちに、体がすっと周りに溶けていく感覚が訪れた。
目を開けると、紬の視線がすずなの肩のあたりで迷っていた。焦点が合わないまま、何かを探すように左右へ揺れている。うまくいったと思った瞬間、すずなの胸が小さく跳ね、その途端に紬の目がまっすぐすずなを捉えた。
「あ、戻りました」
「戻っちゃいましたか……」
「今、一瞬だけ見失いました。先輩がそこにいるのは分かってるのに、目が滑るみたいな感じで」
紬は感心したように目を瞬かせた。
「でも、先輩がちょっと嬉しそうな顔をした瞬間に、ふわっと戻ってきました」
「嬉しくなると駄目なんです。エルフィさんにも、何度も言われています」
「わたしも、闇の中で的の気配を探す修行をしていたので、そういうのには少し敏くなったんです。前のわたしだったら、たぶん全然気づけなかったと思います」
互いの修行の成果を、こんな形で確かめ合うことになるとは思わなかった。すずなが小さく笑うと、紬もつられて笑う。離れていた間にそれぞれ別の場所で積み重ねてきたものが、ちゃんとここで噛み合っている気がした。
「そういえば」
紬が思い出したように声を上げた。
「クレアさんから、変な話を聞いたんですけど。先輩、黒い衣装を着せられたって」
すずなの顔が、一気に熱くなった。
「え、あの、それは……!」
「詳しく聞かせてもらえますか」
悪戯っぽく目を細める紬の前で、すずなは視線を泳がせながらじりじりと後ずさる。
「エルフィさんが、急に持ってきたんです。あの衣装は、クレアさんの流儀だって……」
「え?」
紬がきょとんと首を傾げた。
「クレアさんは、エルフィさんが自分の名前を借りて用意したって言ってましたよ」
「え……?」
今度はすずなが固まる番だった。「クレアの流儀だ」と言い切ったエルフィの声と一緒に、衣装の裾やリボンのあたりを行き来していたあの視線が頭をよぎる。
「もしかして、本当はエルフィさんの趣味なんじゃ……」
「そうなんですか?」
「分かりません。でも、なんだかそんな気がしてきました」
すずなが頬に手を当てて考え込むと、紬が一歩距離を詰めてきた。
「それで、その衣装は今どこにあるんですか?」
「家に、あります……」
「着たんですよね?」
「少しだけです。すぐに着替えました」
「エルフィさんは、それを見たんですよね」
「見ました、けど……」
紬の唇が、むっと尖った。
「ずるいです。わたしは見てないのに」
「ずるいって言われても……」
慌てふためくすずなの様子に、紬はとうとう堪えきれずに吹き出した。久しぶりに聞く笑い声につられて、すずなの頬も緩んでいく。
「積もる話、たくさんありそうですね」
「はい。わたしも、先輩に話したいことがいっぱいあります」
並んで歩き出してすぐ、紬が横顔を覗き込んできた。
「心春さんは、まだ戻っていないんですか?」
「シェイラさんのところで、まだ精霊との修行を続けているはずです。そろそろ戻ってくる頃だとは思うんですけど」
「じゃあ、三人揃うのももうすぐですね」
嬉しそうに頷いた紬は、少し歩いたところで、すずなの耳元にそっと顔を寄せた。
「あとで、ちゃんと見せてくださいね」
囁かれた言葉に、すずなの足がもつれかける。返事をする前に、紬はもう何事もなかったような顔で前を向いていた。すずなは言い返す言葉を探しながら、半歩遅れてその隣に並んだ。




