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【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第十章 理を束ねる者

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第126話 選択

 枝からの降り方は、翌日の課題になった。


 風を足元に集め、落ちる勢いを受け止める。最初の三回は尻もちをつき、四回目でようやく膝だけで着地できた。それから数日のうちに、すずなは枝へ跳び上がることも、そこから降りることも、ほとんど迷わずにできるようになっていた。


 走ることと跳ぶこと、風の修行はその両方に確かな手応えを残しつつあった。


「今日は、ここまでの総ざらいだ」


 その朝、エルフィは草地の端に三つの的を並べた。


「風で走り、跳び、火で撃て。順番は好きにしていい」

「全部、続けてですか」

「実際の戦いで、一つずつ待ってくれる相手はいない」


 すずなは頷き、目印の小石の前に立った。


 風を纏い、地面を蹴る。背中を押す流れに乗って、一つ目の的へ一気に距離を詰めた。走りながら右手に炎を灯し、すれ違いざまに放つ。橙の芯に白を帯びた炎が、的の中心を焦がした。


 そのまま足元へ風を集め、跳ぶ。宙に浮いた一瞬に、二つ目の的を見下ろして撃ち込む。着地と同時に体をひねり、三つ目へ向き直る。


 最後の一発は、的の縁をかすめただけだった。


「あ……」


 すずなは膝に手をついて、肩で息をした。三つとも中心を捉えるつもりだったのに、最後で間合いが崩れた。


「二つ目までは見事だった」


 エルフィが歩み寄ってきた。


「三つ目は、着地の向きが甘い。風に乗ったまま体をひねろうとするから、狙いが流れる。だがそれは、これから詰めていけばいい」


 エルフィは焦げた的を順に眺め、それからすずなに向き直った。


「火と風は、ここまで来れば一区切りだ」

「一区切り、ですか」

「いきなりすべての属性を修めるのは、お前でも難しい。今のお前に入る量は、ここまでだ」


 突き放すような言い方ではなかった。これまでの伸びを認めたうえで、冷静に線を引いている。火と風、二つの属性をこの短い間でここまで扱えるようになっただけでも、ずいぶんと早い。それでも限りはある。エルフィの声には、それを正直に告げる誠実さがあった。


「ここから先は、二つの道がある」


 エルフィは指を二本立てた。


「一つは、火と風を組み合わせる訓練を重ねて、さらに上を目指すこと。もう一つは、新しい属性を身につけることだ」

「選べ、ということですか」

「そうだ。どちらにも意味がある。正解はない」


 すずなは考え込んだ。さっきの総ざらいで、火で攻める力と風で動く力を掛け合わせた時の手応えも、崩れた時の悔しさも知った。この先を詰めていけば、戦い方は確実に磨かれていく。


 けれど胸の奥には、まだ見ぬ属性への興味も芽生えていた。時空魔法、火、風と、一つずつ扉を開けてきた日々を思い返すと、次の扉に手をかけたい気持ちが、自然と湧き上がってくる。


「もう一つ学ぶとしたら、何がいいでしょうか」


 すずなが尋ねると、エルフィは腕を組んだまま、しばらく黙っていた。その沈黙は、これまでのからかうような間とは違っていた。


「闇だ」


 すずなは息を呑んだ。ここしばらく、冗談交じりに何度も聞かされてきたのに、今の声にはまるで違う重みがある。


「今度は、本気ですか」

「ああ。半分どころではない。今度は本気だ」


 エルフィはすずなをまっすぐに見上げた。その目には、軽口を挟む隙のない色が宿っている。


「お前は既に、Moon(ムーン) Return(リターン)で闇の理に片足を踏み入れている。素養がある証だ。それに」


 エルフィは一度、言葉を切った。


「先日、南の綻びを見てきた。強めた日から、外周が二割ほど広がっていた。急ぐ速さではないが、止まってもいない」


 すずなの脳裏に、懐にしまわれていく紙がよみがえった。何も言わずに記録を確かめていたエルフィの横顔が、今になって重くのしかかってくる。


「これから先、お前たちが向き合う相手を考えれば、闇は決して無駄にならない」


 その言葉の奥に、まだ知らされていない何かが潜んでいるように、すずなには聞こえた。南の綻びの向こうから来るものの気配だけが、エルフィの声に影を落としている。


「分かりました」


 すずなは頷いた。


「闇、学びます」

「そうか」


 エルフィは短く応じ、それから確かめるようにすずなの顔を覗き込んだ。


「では聞くが。お前は闇を学ぶために、本当にあの装いを身に纏うのか」

「え」


 すずなは固まった。


「纏わないといけないんですか」

「紬は纏った」

「紬さんは、そういう流儀の方に習っているので……」

「クレアの流儀だ。私の流儀ではない」

「なら、纏わなくても」

「纏わなくてもいい。だが」


 エルフィはそこで言葉を濁し、視線を草地の端へ逸らした。


「お前が纏うと言うなら、止める理由もない」


 すずなは、先日のエルフィの呟きに思い当たった。わたしもあの服装を、と言いかけて、聞き間違いだと言い張った時のことを。あの時と同じように、エルフィの視線は落ち着きなく泳いでいる。


 すずなは小さく拳を握った。


「な……纏います」


 言葉に詰まりながらも、すずなはそう答えた。頭の中には、眼帯と包帯を身に着けた紬の姿がまざまざと浮かんでいる。


「本当に、大丈夫なのか」

「大丈夫です。紬さんと同じ出で立ちなら、恥ずかしくは……ありません」


 言い切った語尾が、わずかに震えていた。それでもすずなは、目を逸らさずにエルフィを見返した。


「そうか」


 エルフィはしばらくすずなの顔を眺めてから、やがて目元を緩めた。


「では、闇の装いを用意してやろう」

「よろしくお願いします。恥ずかしいですけど、頑張ります」


 すずなが頭を下げると、エルフィは口の端を小さく上げた。


「お前も、ずいぶん変わったな」


 呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな声だった。


「では、明日から闇の修行に入る。装いも、それまでに揃えておく」

「ありがとうございます」

「二着だ」

「二着、ですか?」


 すずなが顔を上げると、エルフィはもう背を向けていた。


「予備だ」


 短く言い捨てて歩き出したエルフィの足取りは、心なしかいつもより軽かった。


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