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【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第十章 理を束ねる者

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第119話 継承

 四つの理の基礎を身につけてから、十日ほどが過ぎた。


 その間、すずなは空き地で技を磨き続けた。投げられる枝は十本を越え、光の弾は四方から飛んでくるようになった。停止を使った後によろめくことも、いつの間にかなくなっていた。


 修行の締めくくりの日、すずなはレインの研究室に呼ばれた。


 部屋は、今日も紙の山に埋もれていた。床から天井近くまで積み上げられた書物の合間に、細かな埃が漂っている。机の上には何枚もの設計図が広げられ、すずなには読めない文字と式がびっしりと書き込まれていた。


 すずなはそのうちの一枚を手に取り、几帳面に並んだ線を指先でなぞった。文字は読めなくても、書いた人の性格だけはよく分かる。


「本当にお世話になりました」

「いやいや、こちらこそ実に有意義な時間だったよ」


 レインは満足げに頬を緩めた。


「加速、緩速、停止、軌道逸脱。四つの理をここまで綺麗に体得してくれるとはね。理論ではなく感覚で掴んでいるのが素晴らしい。まあ、教えた相手は君が初めてだから、比べようもないんだけれど」

「初めて、だったんですか」

「一人で研究していた時間の方が長いからね。最初の日に、文献を山ほど積んだのを覚えているかい」

「はい。頭の高さまでありました」

「あれは、教え方を知らない人間のやることだったよ」


 レインはそう言って、照れくさそうに笑った。


 そこへ、ノックもなく扉が開いた。


「待たせたな」


 低く落ち着いた声とともに、エルフィが部屋へ入ってきた。腕を組んだまま、紙の山を器用に避けて進んでくる。


「エルフィさん」

「報告は聞いている。時空魔法、無事に修めたそうだな」

「はい、おかげさまで」


 エルフィはレインの机の前で立ち止まり、じっとすずなを見上げた。表情はいつもと変わらない。けれどその目の奥に、かすかな満足の色が見え隠れしていた。


「次は私の番だ。属性魔法を教えてやる。全属性使えるからな」

「よろしくお願いします」


 すずなが深く頭を下げると、レインが椅子から立ち上がった。


「では、引き継ぎということで。エルフィ、彼女は魔力の伸び方が素直で、吸収も早い。基礎からで問題ないはずだよ。ただ、理屈を長々と並べると途中で置いていかれるから、そこだけは気をつけて」

「お前に言われたくはない」

「それはそうだね」


 レインは悪びれもせずに頷き、手早く荷物をまとめた。扉の前で一度振り返り、すずなに軽く手を振る。


「時の理で分からないことがあったら、いつでもおいで。今度は、本を積まずに待っているから」


 扉が閉まり、研究室に静けさが戻った。


 二人きりになった部屋で、エルフィはすずなの隣の椅子に腰を下ろした。


「あの、紬さんと心春さんは、今どうしていますか。しばらく会えていなくて」


 修行が始まってから、三人はそれぞれ別の場所で過ごしている。最後に顔を合わせたのがいつだったか、すずなはもうはっきりと思い出せなかった。


「ふむ」


 エルフィは顎に指を当て、少し考えた。声に、どこか楽しげな響きが混じる。


「紬の様子から教えてやろう」

「はい」

「片目に眼帯、片手に包帯。闇色の装束をまとって、名乗りまで用意していた」

「え」


 想像もしていなかった言葉の並びに、すずなの思考が一瞬止まった。


「『真の闇の使徒、見参』だそうだ」


 エルフィはまったく抑揚のない声で、その名乗りをなぞった。


 すずなは思わず固まった。頭の中で必死に紬の姿を思い描こうとする。けれど普段の快活な笑顔と、今聞いた装束が、どうしても一つに結びつかない。


「その場では、どうにか堪えた」


 エルフィはすっと視線を逸らした。


「帰り道で、駄目だった」

「エルフィさんが、ですか」


 普段は淡々と物事を語り、ほとんど表情を動かさないエルフィが笑ったという。すずなにとっては、紬の装束よりもそちらの方がよほど驚きだった。


「本人は至って真剣だった。クレアも真剣だった。だから余計に、こらえきれなかった」


 思い出したのか、エルフィの口元がわずかに緩む。すずなもつられて、小さく吹き出してしまった。


「でも、紬さんらしい気もします」

「そうか」

「紬さん、昔から一度決めたら、とことんやるので」

「腕も確かだ。三つの的を、続けざまに撃ち抜いていた。あの格好は、まあ、置いておくとしてな」


 エルフィの声には、からかう響きの奥に、確かな評価が滲んでいた。


「心春さんの方は、どうですか」

「あちらは落ち着いている」


 エルフィの声が、ふっと柔らかくなった。


「火の精霊と風の精霊、二体と契約した」

「二体も。すごいです」


 精霊契約がどれほど難しいものか、すずなは詳しくは知らない。それでも、シェイラに師事してなお、簡単な道のりではなかっただろうことは想像がついた。


「火の方とは、最初はぶつかっていたらしい。今では、精霊同士で言い合っている方が多いそうだ」

「精霊同士で、ですか」

「片方は口が悪く、片方は騒がしい。心春はその間で、うまくやっている」


 二体の精霊に挟まれて、困ったように笑う心春の姿が目に浮かんだ。一人で南の森にいた頃の話とはまるで違うその姿に、胸の奥が軽くなる。


「よかった」


 自然と、そう口からこぼれた。


「二人とも、ちゃんと前に進んでいるんですね」

「ああ」

「早く会いたいです」

「もうすぐだ」


 エルフィは短く答えて、椅子から立ち上がった。その一言に、すずなは何か含みがあるような気がした。けれど問い返すより先に、エルフィが振り返る。


「さて、無駄話はここまでだ。始めるぞ」


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