第11話 リリーベル
前回帰る際に受注していた山賊退治の依頼は、ちょうど土曜日の今日開始だった。集合場所にはすでに他のパーティーの姿があった。
「あちらがスクエアランクの『フラワークラウン』さんです」
紬が小声で教えてくれた。三人組の女性冒険者がこちらに気づいて、笑顔で手を振ってくる。
「あら噂の新人さんたち。よろしくねえ」
リーダーらしき女性がすずなの手をあっさりと両手で包み込んだ。
「楠すずなさんよね?可愛い子が入ったって聞いてたのよ。私はシエル」
「あ、ありがとうございます」
「困ったことあったらなんでも聞いてね。お姉さんたちに任せて」
三人とも二十代後半だという。剣士のシエル、槍使いのフィオナ、魔法使いのミレイ。それぞれ役割は違うが揃ってすずなに向ける視線がやたらと温かい。
「ほらこっち来て。日陰、涼しいから」
「あ、はい」
すずなはなされるがままフラワークラウンの輪の中に引き込まれていった。紬はその様子を少し離れた場所からじっと見つめていた。
「……なんなんですか、あの距離感」
紬の呟きは誰にも拾われなかった。
もう一組はトライアングルランクの『ヴェルシュカ』。夫婦二人だけのこぢんまりとしたパーティーだった。
「よろしく。俺はダーレン。こっちは妻のイオ」
「よろしくお願いします」
夫婦は落ち着いた雰囲気で余計な詮索をしてこなかった。それが紬には少しありがたく感じられた。
「それにしても」
イオがこちらを見ながら微笑んだ。
「あなたたちのパーティー名なんていうの?」
「あ」
「私たち、まだパーティー名決めてなくて」
「あら、そうなの?」
「今回の依頼が終わったら、考えようと思ってました」
すずながフラワークラウンの輪から抜け出してこちらに戻ってきながら答えた。
「そうですよね紬さん。次に依頼を受ける時までに二人で考えましょう」
「あ、それなんですけど」
紬は少し気まずそうに、目を逸らした。
「実はもう登録してあります」
「え」
すずなは目を丸くした。
「いつの間に」
「前に依頼を受けるとき必要だったので。とりあえずで決めちゃいました」
「名前、後からでも変えられるんですよね」
「はい変えられます。だから今度ちゃんと二人で考えましょう」
「じゃあ今の名前は、なんていうんですか」
紬は一瞬口を閉ざした。
「……リリーベル、です」
「リリーベル」
すずなはその響きを口の中で繰り返した。
「どういう意味ですか?」
「あ、えっと」
紬の視線が泳いだ。
「花の名前です。可愛いので」
「それだけですか」
「それだけです」
「なんとなく他にも意味がありそうな気がしますけど」
「気のせいです」
その返しはもう聞き慣れたものだった。すずなはそれ以上追及しなかった。ただ紬の耳の先が少しだけ赤くなっていることには気づいていなかった。
シエルがこちらの会話を聞きつけてにやりと笑った。
「あら、いい名前じゃない。誰が考えたの?」
「私です」
紬は少し早口で答えた。それ以上突っ込まれる前に話を切り上げるように集合の合図を出した。
「そろそろ出発しましょうか」
五人と二人、合わせて七人のパーティーは山賊の拠点があるという森の方角へ向けて歩き始めた。
道中フラワークラウンの三人は、頻繁にすずなに声をかけてきた。足元が悪い場所では手を差し伸べ、休憩のたびに水筒を勧め何かにつけて世話を焼こうとする。そのたびに紬はそれとなく間に入り込み自分がやると言わんばかりにすずなの隣を確保し直した。
「先輩、大丈夫ですか疲れてないですか」
「はい、大丈夫です」
「水、飲みますか」
「さっき飲んだばかりですけど」
「念のためです」
その様子をイオが微笑ましそうに眺めていた。
「仲がいいのねえ」
「そういうんじゃないので」
紬の即答はいつもより少し早かった。
昼を過ぎた頃、一行は山賊の拠点があるとされる森の入り口に到着した。木々の合間から、遠くに粗末な砦のような建物が見える。
「今日はここまでにしましょう」
シエルが皆を集めて言った。
「拠点の様子を見て明日本格的に攻め込みます。今日は周辺の警戒だけ」
「分かりました」
七人は拠点を見渡せる場所に、簡易的な野営の準備を始めた。日が傾き始める空の下、すずなは遠くに見える砦をじっと見つめていた。
まだこれから始まることの重さを誰もはっきりとは知らなかった。




