第10話 二週目の夜
週明け、すずなの日常はいつも通りに戻った。仕事をこなし電車に揺られ、本を読む。それでも心の内側は以前とは少し違っていた。
週の半ば、紬からメッセージが届いた。
『今週も金曜の夜から行きませんか?山賊退治、受けたいので』
すずなはすぐに返信を打った。
『大丈夫です。楽しみにしています』
送ってから、またその一文を見返した。楽しみにしているという言葉が、もう自然に出てくるようになっている自分に少しだけ気づく。
金曜になると、すずなはいつもより少し早く仕事を終えて帰宅した。荷物の準備は前回よりも手際よく進んだ。着替え、常備薬、タオル。もう迷うことなく鞄に詰めていく。
駅前のロータリーに着くと、紬の車がすでに待っていた。
「先輩お疲れ様です」
「紬さんもお疲れ様です。お待たせしました」
「いえ、私も今来たところなので」
助手席に乗り込むと、車内にはいつもの空気があった。すずなはシートベルトを締めながら、ふと、この時間がもう自分の生活の一部になりつつあることを感じていた。
「今日は、道、混んでなさそうですね」
「はい、順調に行けそうです」
車は夜の街を抜け、いつもの山道へと向かっていく。窓の外の景色が少しずつ見慣れたものに変わっていった。
「山賊退治、初めてですけど大丈夫でしょうか」
「大丈夫だと思います。それに今回は私たちだけじゃなくて他に二組のパーティーと合同での依頼なので」
「合同ですか」
「はい。私たち、まだランクが低いので。上位ランクの方たちと一緒に行動する形になります」
「なるほど、それなら少し安心ですね」
紬の言葉には以前よりも確かな自信が滲んでいた。すずなはその横顔を見ながら小さく頷いた。
「そうですね。頑張りましょう」
石碑のある場所に着く頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。紬が鍵を取り出し、窪みに合わせる。
「行きましょうか先輩」
「はい」
光が二人を包み込んだ。
異世界に着くと、二人はまず宿を目指した。
「今日はちゃんと二台ベッドがある部屋、確保してますから」
紬はそう言いながら受付のカウンターに近づいた。すずなが少し離れた場所で荷物を確認している間に、紬は宿のおかみと何やらコソコソと話し込んでいる。
「あの、すみません部屋の件なんですけど」
「はいはい雨宮さんね。こんばんは」
「今日もベッド一台の部屋って空いてます?」
「ええ空いてるわよ」
紬はこっそりと笑みを浮かべた。
「じゃあ、それでお願いします」
「はいよ」
すずなが荷物を持って近づいてきた。
「紬さん部屋どうでしたか」
「あ、それが、あいにく一台ベッドの部屋しか空いてないみたいで」
「そうなんですか。仕方ないですね」
その時、おかみがにこやかに口を挟んだ。
「あ、そうそう忘れてたわ。二台ベッドの部屋一つだけ空いてたのよ。今日キャンセルが出てね」
「え」
紬の表情が固まった。
「じゃあそちらでお願いします」
すずなはあっさりとそう言った。おかみは満面の笑みで鍵を差し出す。
「はいよ。こちらの鍵ね」
紬は鍵を受け取りながら、小さく舌打ちをした。
「……ちっ。余計なことを」
「紬さん何か言いました?」
「い、いえ、何も」
部屋に案内されると、確かにベッドが二台並んでいた。すずなは少しほっとした様子で、自分の荷物を片方のベッドの脇に置いた。
「今日は、ゆっくり寝られますね」
「そう、ですね」
紬はどこか釈然としない表情のまま、もう片方のベッドに腰を下ろした。
照明の魔術具を切り、二人はそれぞれのベッドで眠りについた。
翌朝、すずなが目を覚ますと隣に紬の体温があった。
「紬さん?」
すずなは隣のベッドを見た。そこはもぬけの殻だった。紬はいつの間にかすずなのベッドに移動していた。
「紬さん、起きてください」
「ん、おはようございます」
紬は寝ぼけた声で、目をこすりながら体を起こした。
「あのベッド、二台あったはずですが」
「あれぇ……」
紬は状況を理解するまで、しばらく時間がかかった様子だった。
「寝ぼけて自分のベッドだと思ったみたいです」
「そんなことが、あるんですね」
「あります、あります。よくあることです」
その言い方はあまりに堂々としていて、すずなは真偽を確かめる気力を失った。
「そう、なんですか」
「そうなんです」
紬はあくびを一つして伸びをした。すずなはその様子を見ながら今日もまた、なんとなく丸め込まれた気がしたが、深く考えないことにした。




