第9話 弓の才能
日曜の朝、二人は今回の異世界旅行での最後の依頼をこなすことにした。
「今日は隣町まで、商人さんの護衛です」
紬は依頼書を広げながら説明した。
「片道二時間くらいなので、往復で四時間ほど。弱い魔物を追い払うだけの簡単な仕事です」
「それなら、夕方までに戻れそうですね」
「はい。来週末は山賊退治を受けたいので、今回は軽めにしておきましょう」
すずなは頷いた。無理のない範囲で進める、というのは、すずなにとっても安心できる方針だった。
依頼主の商人は、朗らかな中年の男性だった。荷馬車の後ろに紬とすずなが並んで歩く形で、隣町を目指す。
「先輩、剣は持ちましたか」
「はい。ショートソード、ギルドに貸していただいたので」
すずなは腰に下げた剣の柄にそっと触れた。まだ扱いには慣れていないが紬が丁寧に基本だけは教えてくれていた。
「私はこっちも使えるんです」
紬は背負っていたショートボウを見せた。
「弓、ですか。すごいですね」
「まぁ多少は」
紬は少し得意げに胸を張った。
「せっかくなので、先輩にも教えましょうか」
「いいんですか」
「はい。先輩風、吹かせちゃいます」
道中、魔物の気配がない区間を見計らって、紬は弓を手に取り教えはじめる。
「まず構えはこう」
紬が実際に矢をつがえて見せる。狙いを定め、放つ。矢は狙った木の幹から大きく逸れて、茂みの中に消えた。
「……あれ」
「今のは練習用なので、気にしないでください」
「そうなんですか」
紬は動揺を隠しながら、もう一度矢をつがえた。今度は木の幹には当たったものの、狙っていた位置よりだいぶ下だった。
「今のは風のせいです」
「風、ほとんど吹いてない気がしますけど」
「気のせいです」
その返しには聞き覚えがあった。すずなは少し笑いそうになるのを堪えて、紬から渡された弓を自分もつがえてみた。
「こう、ですか」
「あ、はい。姿勢は、それでいいと思います」
紬はそう言いながら、背後からぴったりと張り付いて、すずなの腕の角度を確認し始めた。
「あの……そんなに引っ付かれると、動けないです」
「あ、これはフォームを見てるだけなので」
紬は離れる素振りを見せなかった。すずなは少し困った顔をしながらも、そのまま弓を構え続けた。
すずなは教わった通りに狙いを定めた。息を止め矢を放つ。
矢はまっすぐに飛んで、木の幹の中心に突き刺さった。
「え」
紬が声を上げた。すずなも自分の放った矢を見て驚いていた。
「まぐれ、ですよね」
「多分、そうだと思います」
念のため、もう一本試してみる。今度もほぼ同じ場所に刺さった。
「先輩」
「はい」
「これ、まぐれじゃないやつです」
紬は複雑な表情で、自分の弓を見つめた。数ヶ月かけて少しずつ練習してきたはずのものが、初めて触った先輩にあっさり追い抜かれてしまった。
「あの、紬さん。教え方が上手だったので」
「先輩、フォローも上手ですね……」
紬は小さくため息をついた。それでもすずなの上達ぶりを見ていると悔しさよりも、なぜか誇らしさの方が勝ってくるのが自分でも不思議だった。
「今度は、剣の方も教えてあげます」
「はい、お願いします」
商人は、少し離れた場所からその様子を微笑ましそうに眺めていた。
道中、大きな危険はなく弱い魔物が数匹現れただけで、二人はそれを難なく退けた。隣町に着き、商人を送り届けると休む間もなく来た道を引き返し始めた。
「これで今日の依頼は終わりですね」
「はい。夕方には戻れそうです」
二人は、日が傾き始める前に街への道を歩き続けた。すずなはまだ手に残る弓の感触を少しだけ確かめるように、指を動かしていた。




