↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第九章 来るべき日のために

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/270

第114話 風の帰るところ

 それから数日、心春は毎日のように丘へ通った。


 かくれんぼは、約束通りフィンが隠れる番から始まった。相手は風そのものだ。目を凝らしても姿は見えず、気配を探っても丘じゅうに散らばっている。結局、心春が見つけられたのは、待ちくたびれたフィンが自分から「ここだよ」と声を上げた時だけだった。


「それは、見つけたうちに入りません」

「えー、入るよ。ミハル、見つけたって顔してたもん」


 かくれんぼの合間には、風を使った動き方も教わった。フィンが後ろから押す風に合わせて踏み込めば、Flash Stepの距離が少しだけ伸びる。理屈は単純だが、息を合わせるのは簡単ではなかった。


「行くよ。せーの」


 背中を押す風に合わせて地面を蹴った瞬間、思っていたよりずっと強い風が吹きつけた。心春の体は狙った岩を軽々と通り越し、その先の草むらに頭から突っ込んだ。


「……フィン」

「ごめーん。ちょっと張り切っちゃった」


 草の中から顔を上げると、胸の内に低い声が響いた。


「加減を知らん奴だ」

「バーニルがそれを言いますか」


 蝋燭を半分にした火柱を、心春はまだ忘れていない。紋章の奥が、ばつが悪そうに静かになった。


 ある日の修行の終わり、心春は丘の上に腰を下ろして息を整えていた。ふもとの木陰では、シェイラが本を膝に載せている。そこへフィンがふわりと隣に降りてきて、人の形を保ったまま座り込んだ。


「ねえ、ミハル」

「はい」

「ミハルはさ、修行が終わったらどこに行くの?」


 いつもの軽い調子なのに、問いかけの奥に、何かを確かめようとする響きがあった。心春は少し考えてから答えた。


「家に帰ります。すずなさんたちの家から歩いて行けるところに、引っ越したばかりなので」

「ふうん。そこから、どこかへ出かけたりは?」

「します。依頼があれば、遠くの街にも」

「でも、帰ってくるんだ」

「はい。帰ってきます」


 フィンは膝を抱えるような格好で、丘の下へ目をやった。


「僕はさ、帰るところってないんだ。風だから、ずっと吹いてるだけ。どこにでも行けるけど、どこにも留まらない。誰かに縛られるのも、あんまり得意じゃない」

「それは、寂しくないんですか」

「寂しいって思ったこと、ないなあ。……ないと思ってた」


 最後の一言だけ、少し声が小さかった。


 心春は、遺跡の暗がりで過ごした二年を思った。あの頃は、どこにも行けなかった。壁際で息を潜め、朝が来るのを待つことしかできなかった。


「私は、その反対でした」

「反対?」

「前は、どこにも行けなかったんです。隠れて、じっとしているしかなくて。でも今は、行きたいところに行けます。行って、ちゃんと帰ってこられる場所もあります」


 話しながら、心春は自分でも少し驚いていた。あの二年のことを口にしているのに、胸が痛まない。


「だから今は、どこへでも行ってみたいんです。帰る場所があるから」


 フィンはしばらく黙っていた。それから立ち上がり、心春の周りをゆっくりと一周した。


「ミハルってさ、僕みたいに身軽なのに、ちゃんと戻ってくる人なんだね。自由でいながら、誰かのために踏みとどまれる人」

「そうでしょうか」

「うん。そういう人となら、一緒に吹いてみてもいいかなって思った」


 フィンの声から、いつもの軽さが消えていた。


「ミハルが帰るところに、僕も一緒に帰ってもいい?」


 心春は言葉に詰まった。飄々(ひょうひょう)として見えたフィンが、そんなことを考えていたとは思わなかった。


「……私からも、お願いしようと思っていました。契約してもらえませんか」

「うん!」


 フィンは心春の周りに風の渦を巻いた。光の粒が渦に沿って舞い上がり、心春の視界を白く満たす。目を開けると、手の甲に小さな紋章が淡く浮かび上がっていた。


「これが……」

「契約の証だよ。これで、ミハルが帰るところが、僕の帰るところだ」


 フィンの声には、屈託のない喜びがあふれていた。


「騒がしいのが増えた」


 胸元の紋章が、不機嫌そうに熱を帯びた。


「ねえ、バーニル、なんか言ってる?」

「騒がしいのが増えた、と」

「ひどーい。でも、嫌いじゃないってことでしょ」

「言っていない」

「あ、今のは分かった。言ってないって言ったでしょ」


 胸元の紋章が、むっとしたように熱くなった。フィンには聞こえていないはずなのに、なぜか会話が噛み合っている。


 いつの間にか、シェイラが本を閉じて丘を上ってきていた。


「二つ目の契約が成立しましたね」

「はい」

「性質の違う二体と、これほど早く心を通わせるとは思いませんでした。精霊は、素質のない者には応えません。あなたには、確かにその素質があります」


 心春は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」

「これで基礎は整いました。あとは実戦で、二体との連携を確かめていきましょう」


 心春は手の甲の紋章を見下ろした。胸元に火、手の甲に風。二つの紋章を持つ自分の姿は、まだ少し見慣れない。


「ねえミハル。帰ったら、家、見せてね」

「狭いですよ」

「いいよ。風は狭いところも得意だから」

「……やはり騒がしい」


 二つの声に挟まれながら、心春は家のどこから片付けようかと考えはじめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。