↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第九章 来るべき日のために

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/270

第113話 軽やかな風

 バーニルとの契約を終えた翌日、心春はシェイラに一つ相談を持ちかけた。


「もう一体、別の精霊とも契約できないでしょうか」


 紋章の奥で、バーニルが小さく鼻を鳴らした気がした。


 シェイラは首を横に振った。


「今はまだ早いでしょう」

「どうしてですか」

「契約したばかりのバーニルとの繋がりを、まずは体に馴染ませる必要があります。二つの契約を同時に扱うのは、慣れないうちは荷が重いんです」


 心春は頷いた。焦る気持ちがなかったわけではない。けれど、昨日の火柱を思い出せば、シェイラの言うことはもっともだった。


「分かりました。まずはバーニルの力を、ちゃんと使えるようにします」

「ええ。それが一番の近道です」


 シェイラはわずかに口元を緩めた。


「一体では足りんとでも言うのか」


 庵を出たところで、胸の内に不満げな声が響いた。


「そういうわけじゃないです」

「なら、いい」


 短い返事だったが、紋章のあたりがほんのり熱を持っていた。拗ねているのか照れているのか、心春にはまだ見分けがつかない。


 その日から、心春の修行は火を扱う練習になった。指先に小さな炎を灯し、それを狙った場所へ放つ。最初の数日は、蝋燭の時と同じように、頼んだよりも大きな火ばかりが出た。


「大きいです」

「お前が小さく言わないからだ」

「言いました。小さくって」

「お前の小さいは、私には小さすぎる」


 そんなやり取りを何十回と繰り返すうちに、少しずつ物差しが揃っていった。拳ほどの火と頼めば拳ほどの火が灯り、狙った枝の先だけを焦がせるようになる。短剣を振るう時とも、Silent Stepで気配を断つ時とも違う。何もないところから熱が生まれ、自分の意志の通りに飛んでいく感覚には、静かな高揚があった。


「様になってきたな」


 バーニルがそう言うようになったのは、二週間ほど経った頃だった。最初の頑(かたく)なさが嘘のように、今では修行の合間に軽口を交わすことも珍しくない。


 さらに日が過ぎたある日、シェイラが告げた。


「バーニルとの連携も安定してきましたね。次の段階に進みましょう」

「もう一体の精霊とですか」

「ええ。今度は、風の精霊を紹介します」

「風か」


 バーニルが、面白くなさそうに呟いた。


「知り合いなんですか」

「顔を合わせれば分かる。騒がしい奴だ」


 シェイラに連れられて向かったのは、森の中でも木々のまばらな、開けた丘の上だった。足元の草が、一方向にだけ揃って伏せている。


「ここに住み着いている精霊がいます」


 シェイラがそう言った途端、心春の髪がふわりと持ち上がった。


「え……?」


 目の前で、風がゆるやかに渦を巻き始める。渦は次第に人の形に近い輪郭を帯び、透き通った淡い光をまとった姿になった。


「初めまして」


 その声は、耳にはっきりと届いた。胸の内に響くバーニルの声とは違う。誰かが目の前で話しかけてくるのと、何も変わらなかった。


「声が、聞こえる……」

「僕は風だから。形を持つのも喋るのも、火よりちょっと得意なんだ」


 その姿は軽やかに答えながら、心春の周りを一周した。


「僕はフィン。よろしくね、ミハル」

「よろしくお願いします、フィン」

「シェイラから聞いたよ。火の精霊ともう契約したんだってね」

「はい。バーニルという精霊です」

「バーニルかぁ。あいつ、頑固で有名なんだよね」


 紋章のあたりが、むっと熱くなった。


「聞こえているぞ」

「……今、バーニルが怒ってます」

「えー、本当のことなのに」


 心春は思わず吹き出した。


「最初は、なかなか認めてもらえませんでした」

「でしょ。僕はそういうの苦手だなあ。難しいこと考えるより、先に動いちゃう方が好きなんだ」

「フィンとバーニルは、随分違うんですね」

「そりゃそうだよ。火と風だもん」


 フィンは悪びれもせずに答え、それから心春の顔を覗き込むように近づいた。


「でもさ、ミハルとは気が合いそうな感じがするな」

「そうですか?」

「うん。じっとしてるより、動き回る方が好きでしょ。それに、足音を消してこっそり近づくの、得意なんじゃない?」


 心春は目を瞬かせた。スカウトとしての自分の性質を、会ったばかりの相手にあっさり言い当てられた。


「どうして分かるんですか」

「風はどこにでも行くからね。人の歩き方の癖、なんとなく分かっちゃうんだ。ミハル、ここに来るまで足音がほとんどしなかったよ」


 フィンは心春の肩先をかすめるように吹き抜けた。


「ねえ、面白いことしない?」

「面白いこと?」

「かくれんぼ。ミハルの隠れる力と、僕の見つける力。勝負したら、絶対楽しいと思うんだ」


 まさか精霊にかくれんぼを持ちかけられるとは思わなかった。少し離れたところで見守っているシェイラに目をやると、止めるどころか、どうぞと言うように小さく頷いている。


「いいですよ。やりましょう」


 心春はSilent Stepを発動し、丘の縁の木立へ滑り込んだ。足音を消し、呼吸を細くして、太い幹の陰に身を寄せる。二年間、一人で命を預けてきた隠れ方だった。


「見つけた」


 十も数えないうちに、すぐ耳元で声がした。


「もう……?」

「風はどこにでも入り込めるからね。姿や音を消しても、空気の流れが変わるのと、匂いまでは隠せないよ」


 心春は幹から離れ、しばらく黙り込んだ。人の目からも魔物の鼻からも、これで隠れ通してきた。それが、あっという間に破られた。悔しいはずなのに、胸の奥に湧いてきたのは、もっと知りたいという気持ちの方だった。


「もう一回、お願いします」

「いいよ。何回でも」


 二度目は岩の隙間、三度目は窪地に伏せた。どちらも、すぐに見つかった。


 四度目の前に、心春は丘の草をじっと見下ろした。草はさっきから、ずっと同じ方へ伏せている。空気の流れと、匂い。フィンの言葉を頭の中で繰り返しながら、草が伏せていない場所を探す。


 見つけたのは、風の通り道から外れた、岩と茂みに囲まれた小さな窪みだった。そこに身を沈め、空気を乱さないよう、指一本動かさずに待つ。


「……あれ?」


 遠くで、フィンの声がした。一度近づいては離れ、また別の方へ遠ざかっていく。やがて、窪みの真上で風が止まった。


「見つけたー。でも、今のはちょっと時間かかった」

「本当ですか」

「うん。風の通らないところを選んだでしょ。ずるいなあ」


 そう言うフィンの声は、どこまでも楽しそうだった。


 その後も、二人は何度もかくれんぼを繰り返した。心春が隠れ方を変えるたびに、フィンも探し方を変えてくる。遊んでいるはずなのに、一回ごとに何かを教わっている気がした。


 日が傾く頃には、二人の間にはすっかり気の置けない空気が流れていた。


「今日は楽しかった! ミハル、明日も来る?」

「シェイラさんが良いと言ってくだされば」

「来なよ。次は僕が隠れる番ね」


 フィンは宙でくるりと一回転すると、そのまま丘の風に溶けて見えなくなった。


「……騒がしい奴だ」


 帰り道、胸の内でバーニルがぼそりと呟いた。


「バーニルは、フィンが嫌いなんですか」

「嫌いとは言っていない」

「じゃあ、好きなんですね」

「そうも言っていない」


 心春は笑いをこらえながら、丘を下る道を歩いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。