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【完結】おとぎ話の試練を全部クリアしたら、異世界が帰る場所になりました  作者: ごまだんご
第九章 来るべき日のために

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第108話 闇の眼

 紬がクレアのもとで修行を始めてから、早くも二週間近くが経っていた。


 あの翌朝、さんざん迷った末に、紬は結局黒い装束に袖を通した。着てみれば動きやすく、夜の森では確かに体が闇に溶け込む。ただ、一緒に添えられていた眼帯と包帯だけは、今も衣装箱の底にしまい込んだままだった。


 最初は構えるだけで姿勢が崩れそうになった魔銃も、今では驚くほど手に馴染んでいる。夜目を研ぎ澄ませ、暗闇の中で的を捉える感覚も、少しずつ体に染み込んできていた。


「お前は、想像以上に飲み込みが早い」


 クレアの評価は決して大げさではなく、的の中心を捉える回数も日ごとに増えている。


 ある日の修行の終わり、クレアは家から持ってきた細長い包みを解き、新しい魔銃を取り出した。


「明日からは、この銃で修行を行う」


 差し出されたのは、これまでのものより一回り大きく、装飾も格段に精緻(せいち)な魔銃だった。銃身に刻まれた魔法陣も、ずっと複雑な形をしている。


「今までの銃よりも、精度も威力も遥かに高い。ただし」


 クレアはそこで一度言葉を切った。


「その分、さらに繊細な魔力の扱いが求められる」


 紬は両手で受け取った。ずしりとした重みは明らかに増していて、手のひらに伝わる魔力の気配も、これまでよりずっと濃い。


「頑張ります」

「良い返事だ」


 クレアは頷き、それから思い出したように紬を見た。


「それと、もう一つ」

「はい?」

「衣装箱の底に、眠らせている物があるだろう」


 紬の肩がびくりと跳ねた。


「な、何のことでしょう」

「眼帯だ。お前を更なる深淵へと導く。闇の眼を得るために、片目を封印する」


 どうやら、とうに見抜かれていたらしい。


「片目を封印するって、どういう」

「文字通りの意味だ。片目の視覚を制限することで、残った目の感覚がより鋭くなる。闇の使徒として、避けては通れない修練だ」

「い、いや、それ単純に見えにくくなるだけじゃないですか」


 紬はたまらず突っ込んだ。


「浅はかな考えだ」


 クレアは真剣な表情で首を振った。


「私自身、これによって闇そのものと同調する感覚を得た」

「本当ですか……?」


 紬は半信半疑のまま、クレアの眼帯を見つめた。その下がどうなっているのか、確かめる勇気は今もない。


「疑うなら、実践あるのみだ。持ってこい」


 家に駆け戻り、衣装箱の底から眼帯を取り出してくると、紬は恐る恐るそれを顔に当てた。思いのほか厚みがあり、ただの布にしては妙に存在感がある。意を決して右目を覆うと、視界の半分が闇に閉ざされた。慣れない感覚に、思わずよろけそうになる。


「うわ、思ったより見えにくいです」

「最初は誰でもそうだ。だが、すぐに慣れる」


 クレアはいつもの調子で頷いた。


「残った左目に意識を集めろ」


 言われたとおり左目に意識を集中させてみると、確かに、周囲の輪郭がはっきりと感じられる気がした。


「あれ、なんか見えやすくなってる……?」

「片目の分を、もう片方が補おうとする。夜目の力も、それにつれて鋭くなる」


 いつになく理にかなった説明に聞こえて、半信半疑だった気持ちが少しずつ揺らいでいく。


「では、この状態で的を狙ってみろ」

「はい」


 紬は新しい魔銃を構えた。銃の重みが、いつも以上に腕にかかる。


「魔力を丁寧に流し込め。前の銃より繊細な扱いが必要だ」


 慎重に魔力を込めていくと、銃身の魔法陣がいつもより鮮やかに光り始めた。左目だけの視界は最初こそ不安定だったが、集中を深めるうちに、的の輪郭が次第にくっきりと浮かび上がってくる。


 今だ、と思った時には、もう引き金を引いていた。放たれた光の弾丸が、的の中心を正確に射抜く。


「今の……」


 紬は自分の目を疑った。これまでで、最も正確な一撃だった。


「見たか」


 クレアが満足げに言った。


「片目を封じたことで、感覚が研ぎ澄まされている」

「本当に、効果あったんですね……」


 紬はまだ半分驚きながらも、その結果を認めるしかなかった。


「これからは、この状態を基本として修行を続ける」

「はい……」


 そう答えたものの、紬の表情は晴れなかった。効果はある。それは間違いなさそうだ。それでも、この見た目だけはまだ受け入れきれない。今すぐ鏡で自分の姿を確かめたかったが、思い返してみれば、あの黒い家には鏡が一枚も見当たらなかった。


「闇とは、恐れるものではない」


 クレアが、自分の眼帯に指を添えて言った。


「光の届かぬ場所にこそ、真実が宿る。眼を封じ、感覚を研ぎ澄ませることで、私たちはその真実に近づくことができる」

「はあ……」


 紬は曖昧な相槌を打った。


「それ、本当に闇と関係あるんですか」

「疑うのも無理はない。だが、結果が全てを物語っている」


 クレアは、さっき紬が的を撃ち抜いた瞬間を、やけに芝居がかった調子で語り直し始めた。闇を裂く一閃、封じられし右眼の覚醒と、仰々しい言葉が次々と並んでいく。聞いているうちに、紬はだんだん顔が熱くなってきた。


「さらに力を得るためには、もう一つ工程がある」

「まだ、あるんですか……」


 げんなりした声が漏れた。


「左手の動きに、制限をかける。衣装箱には、もう一つ入っていたはずだ」


 紬は嫌な予感とともに、もう一度家へ駆け戻った。衣装箱の底に残っていたのは、くるくると巻かれた白い包帯だった。


「包帯、ですか」

「封印用の包帯だ。左手を封じることで、右手の動きの精度が飛躍的に上がる」

「あの、それ、銃を支える手が使いにくくなるだけじゃ」


 紬はすかさず突っ込んだ。


「浅はかな考えだ」


 クレアは、また同じ台詞を繰り返した。


「不要な動きを制限することで、必要な動きにだけ意識を集められる」


 紬は手の中の白い包帯を、まじまじと見つめた。黒い装束に身を包んだうえに片目を封じ、さらに片手まで封じる。これではまるで、どこかの物語に出てくる、封印された魔王のような出で立ちだった。


「あの、そこまでする必要が、本当にあるんでしょうか」

「必要だ」


 クレアの返答は、いつもどおり迷いがなかった。


「闇の使徒として、極限まで研ぎ澄まされた力を得るには、相応の代償がいる」


 紬は何とも言えない表情を浮かべながら、包帯を左手に巻きつけ始めた。くるりと一巻きするごとに、自分の中の何かが遠ざかっていく気がする。


「先輩には、見せられないです。これ……」


 ぽつりとこぼした呟きに、クレアは聞こえなかったふりをして、ただ深く頷いていた。


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