第104話 闇影の射手
夜も更け、その日の会合はひとまず解散となった。
「明日の午後、また王都のギルドに集まってくれ」
エルフィの言葉に、すずなたちは頷く。
「クレアには、こちらから連絡を入れておきます。西のギルドが拠点です」
シェイラがそう補足した。魔力通信を使えば遠方への連絡も、さほど時間はかからないという。
すずなたち三人はギルド近くの宿に泊まり、翌朝は早い時間からギルドに顔を出した。少しでも強くならなければという、わずかな焦りもあった。この街に来た以上、無駄足にはしたくない。簡単な依頼を手早く片付けてから、家路についた。
午後、すずなたちは身支度を整えて王都のギルドへと向かった。
ギルドの一室に足を踏み入れると、既にエルフィ、シェイラ、レインの姿があった。その隣に見覚えのない人影がある。
「紹介する。クレアだ」
エルフィの言葉に、すずなたちの視線がその人物へと集まった。
体格はエルフィより一回りほど大きい程度。それでもやはり、小柄という言葉がしっくりくる。全身を黒で統一していて、フード付きのコートの裾には銀糸で複雑な紋様が刺繍されている。裏地には星をちりばめたような紫がかった布が使われ、動くたびにちらちらと覗いた。手には黒革のグローブ。指先には小さな爪を模した装飾がつき、腕には包帯が巻かれている。
腰には、見たこともない武器が下げられていた。滑らかな金属の筒に装飾的な彫刻が施され、銃と弓の中間のような形をしている。先端には宝石めいた結晶が埋め込まれていた。
黒髪は前髪が長く、目元を隠している。片目は眼帯で覆われ、よく見るとその眼帯にも紋章めいた刺繍が入っていた。もう片方の瞳だけが前髪の隙間から鋭くこちらを見つめている。
「……クレアだ」
低く抑えた声で名乗る。部屋の灯りが、心なしかその瞬間だけ陰ったように見えた。実際には何も変わっていないはずなのに、そう錯覚するほどの存在感があった。
「初めまして、楠 すずなです」
「雨宮 紬です。よろしくお願いします」
「中村 心春です」
三人がそれぞれ挨拶をする。
クレアはしばらく無言のまま、三人を順に見つめていた。値踏みするような、あるいは見透かそうとするような視線に、すずなは思わず居住まいを正した。それからクレアは眼帯を指で押さえ、髪を軽く払った。
「……この闇に選ばれし者たちよ」
その一言に、部屋の空気が固まった。誰も次に何と返せばいいのか分からず、顔を見合わせるしかない。
「我が名はクレア。闇影の射手にして、夜を統べる狙撃の使徒」
「……え」
紬が思わず声を漏らした。その表情には、困惑とほんの少しの好奇心が入り混じっている。
「私の瞳は常闇の中にすら、獲物の魂を捉える。逃れられる者など存在しない」
そう続けながら、クレアはコートの裾をふわりと翻す。特に風が吹いているわけでもないのに、その動きだけがやけに演出過剰だった。裏地の紫が灯りを反射して煌めいた。
「この右眼は闇そのものと契約している。故に私は闇の中でこそ、真の力を発揮する」
クレアの指が、眼帯にそっと触れた。
「……眼帯の下、どうなってるんですか」
心春が恐る恐る尋ねた。
「見ての通り、この瞳は封印している。解放すればこの場にいる者全員、視線一つで魂を刈り取られるだろう」
「そ、そうですか」
心春はそれ以上突っ込むのをやめた。真偽を確かめる勇気は、まだなかった。
「エルフィ様より聞いている。お前が私の後継となる娘か」
クレアの視線が紬に向いた。
「あ、はい。雨宮 紬です」
「良い。夜目を持つその瞳、まだ眠っているだけの潜在能力。私がその闇を完全に開花させてやろう」
「よろしくお願いします」
紬はやや気圧されながらも、丁寧に頭を下げた。
その様子を少し離れたところから見ていた心春が、そっとすずなに耳打ちした。
「……個性的な方ですね」
「はい、なんというか……」
すずなも返す言葉に困っていた。これまで出会った誰と比べても、これほど掴みどころのない人物は初めてだった。
「あの、実力は本物なんですよね」
すずなが小声で確認した。
「腕前は私が保証する」
いつの間にか隣にいたエルフィが、そっけなくそう答えた。
「言動には、慣れろ」
その言葉に、すずなはなんとも言えない表情を浮かべるしかなかった。
エルフィは眉一つ動かさない。この手のやり取りには、とうに慣れ切っているらしい。その平然とした態度が、腕前は本物だという言葉に妙な説得力を与えていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。解放すればこの話を読んだ者全員、視線一つで魂を刈り取られるだろうとクレアも言っております。「魂を刈り取られたくない」「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや評価という"応援魔法"を、ぜひ授けてください。
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