第99話 招集
心春から南の街で起きた異変の報告を受けた瞬間、エルフィの顔から普段の落ち着きが消えた。
有無を言わさぬ切迫した指示のもと、すずな、紬と心春を伴って王都のギルド本部へ転移すると、レインを呼びつけ、駆けつけたシェイラとも合流する。心春が改めて状況――発光する地面、そして気配ごと消え去った魔獣たちのことを語ると、その場の空気が一変した。全てを聞き終えたエルフィが低く告げた「南の封印に何かが起きている」という一言に、シェイラとレインの表情が同時に凍りついた。
「シェイラとレインのところに行くぞ」
エルフィの声には、いつもの落ち着きが欠片もなかった。
「すずな、紬を呼んでこい。心春はシェイラとレインに説明できるよう状況をまとめておけ。お前も来い」
矢継ぎ早に指示が飛ぶ。すずなはこれほど余裕のないエルフィをこれまで見たことがなかった。
「わ、分かりました」
すずなはすぐに家を飛び出し、紬を呼びに向かった。
「紬さん、緊急です。すぐに来てください」
「え、何かあったんですか」
只事ではない様子に、紬も手早く身支度を整えた。心春もその間、発光していた地面の位置や消えた魔獣の様子を簡潔な言葉に整理していた。
程なくして、四人は王都のギルド本部へと転移した。
エルフィは受付へまっすぐ向かうと、切迫した様子で受付嬢に詰め寄った。
「シェイラかレインはいるか」
「シェイラ様なら、朝から図書館にいらっしゃいますが」
受付嬢がその剣幕に戸惑いながらも、そう答えた。
「呼んできてくれ。急ぎだ」
「は、はい。ただいま」
受付嬢が慌てて奥へと駆けていく。
普段とはまるで違うエルフィの様子に、周囲の冒険者たちも驚いたように振り返っていた。
「レインはどこだ」
声を張り上げながら、辺りを見回す。
その時、床に時計のような文様の魔法陣が浮かび上がった。淡い光の中にレインの姿がうっすらと投影される。
「なんだいエルフィ。そんなに血相を変えて」
「お前、どこにいる」
「北の街の図書館さ。今、資料の整理をしていてね。実は先日から気になっている古文書があって、時空の残滓と照らし合わせると、どうにも興味深い矛盾が見つかってきていたところなんだ。この手の記録というのは、往々にして後世の写本の過程で誤記が紛れ込むものだが、今回のものは、原本に近い層でも同じ矛盾が確認できていてね。もしかすると、単なる誤記ではなく、意図的に改変された可能性すらある。だとすれば、その改変が行われた時期を特定することで……」
「すぐにここまで来い。急げ」
言葉を遮るように、エルフィが鋭く言い放った。
「まあ、そう焦らなくても。何か問題でも」
「いいからすぐに来い」
その一言に、映像の向こうでレインが息を呑む気配があった。
数秒後、魔法陣の光がふっと消え、代わりに本人が姿を現した。
「一体どうしたんだ」
「話はあとだ」
エルフィがそう答えたのとほぼ同時に、奥の廊下からシェイラが足早に歩いてくるのが見えた。
「エルフィ、何事ですか」
シェイラの表情にも声にも、普段にはない硬さが滲んでいた。それを見て、紬は思わずすずなに耳打ちする。
「シェイラ様があんな顔するの、初めて見ました」
「私もです」
エルフィが飄々とした態度を崩さない師匠なら、シェイラは常に泰然としている印象が強かった。その二人がこれほど動揺している。それが何より、事態の重さを物語っていた。
「心春、手短に説明してくれ」
エルフィに促され、心春は手元のメモを読みながら説明する。
「南の街の外れの森で、発光する地面を確認しました。周囲の魔獣が異常に警戒していたと思ったら、次に見た時には気配ごと綺麗に消えていて」
無駄のない報告に、シェイラとレインの顔が強張る。
「気配ごと、ですか」
シェイラが眉を寄せながら、そう聞き返した。
「はい。何かに追い払われたような、そんな消え方でした」
「すずな、全員を連れてすぐに飛べ」
「はい」
すずなが頷きながら手を伸ばす。周囲のざわめきが、ふっと遠のいた。紬は無言のまま、すずなの袖をそっと握った。指先が、いつもよりわずかに冷たい。
「封印だ」
エルフィの声は、低く、重かった。
「南の封印に何かが起きている」
その言葉に、シェイラとレインが同時に凍りついた。
すずなは思わず紬と顔を見合わせた。心春も息を詰めたまま、三人の実力者の反応を見つめている。封印という言葉の意味は分からない。それでも、その響きの重さだけは、肌に刺さるように伝わってきた。
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