2 街のロジ
俺は声をかけながら、小さな食堂に入っていった。そこは老夫婦二人がやってる、街の人々に愛されてる食堂だ。
「お、ロジ、いい処に来てくれた。こいつを頼むよ」
カウンターの向こうから、おやじさんがメモを渡す。肉・魚・野菜と色々書いてある。
「これくらいでお願いね」
腰の曲がったおばさんが出てきて、俺に金を渡した。
「確かに。じゃあ、いってくるよ」
「いつも、すまないねえ」
「なあに、みんなが此処のメシを待ってるからな」
俺はそう言って笑うと店を後にする。
後ろからついてくるミュッセが俺に訊ねた。
「なんだ? それが仕事か?」
「そうだよ、買い物だ。おやっさんは足が悪いし、おばさんは腰を痛めてる。それでもあそこは人気の食堂で、結構、材料を用意しないといけないんだ。それで俺が、二日にいっぺんくらい、まとめて買い出しをしてるのさ」
俺がそう説明すると、ミュッセは怪訝な顔をした。
「そんな、おつかいのようなもの……大した収入にはなるまい?」
「金の問題じゃないんだよ」
俺は軽く笑って受流すと、頼まれたものを次々と購入して、店に戻った。
無論、購入したものは圧縮で小さくして運ぶ。
「……随分、買い込むんだな」
「これでも多分、足りないくらいだろう。けど、この量になると、あの老夫婦が自分で運ぶのは難しいわけさ」
俺はミュッセにそう答える。店に戻ると圧縮を解除して、買い物してきた荷物をキッチンに置いた。
「おばさん、行ってきたぜ」
「ああ、ありがとうね。これでも食べていって。――そちらの人もね」
おばさんは隣にいるミュッセに笑いかけた。
おばさんが差し出したのは、蒸し器に入ってる饅頭だ。
「私も――いいのですか?」
「お口に合うかわかりませんけど……」
おばさんが微笑むなか、俺は饅頭を手にして口に入れた。
口の中に肉汁が広がる。
「美味い! さすがだね、おばさん」
「では……私もいただこう」
ミュッセはそう言うと、恐る恐る手に取って口にした。
と、その眼が驚きに見開かれる。
「美味いだろ?」
俺は微笑んでみせた。ミュッセが頷く。
「美味い。こんなものが街にはあるのか――」
「ごちそうさん、また来るな」
食べ終わると俺は、老夫婦に見送られながら店を出た。
「さあて、さっき肉屋に頼まれた先に配送に行くか」
老夫婦の買い物のために肉屋に寄った時、肉屋の方から三件ほど配送を依頼されていたのだった。
俺は街をぶらぶらと歩きながら、貴族の館、飲食店、それに冒険者ギルドだ。
まあ、得意先ばかりなので、適当に挨拶しながら配送を済ませる。
最後がギルドだったので、俺はギルドの食堂で昼食をとることにした。
「じゃあ、昼飯にするか。半日歩いて、疲れたろ?」
俺がミュッセにそう笑いかけると、ミュッセはやせ我慢をしながら答える。
「まったく疲れてなどないが、昼食の時間にはちょうどよかろう」
「やれやれ……相変わらずだな」
俺は苦笑した。と、俺に背後から呼びかける声がする。
「お、今日は朝からいないと思ってたが、少しは働いたらしいな」
声をかけてきたのは剣士のカストルだ。無骨そのものみたいな顔をしてるが、本人は意外におしゃれに気を使うたちらしい。
「まあ、たまには働かないとな」
「それで今日は店じまいか? ――にしても、ちょっとそっちの連れは、いやに立派な感じだな?」
どうやら、ミュッセの事が気になったらしい。
俺はミュッセに目線を送った。正体を名乗るなり隠すなり、好きにすればいい。
「私は魔導士のミュッセという。ロジ……とは古くからの友人だ」
「へえ、ロジにこんなご立派な友人がいたとはね。こいつぁ、驚きだ」
カストルが笑みを浮かべる。と、カストルの後ろから声がした。
「てっきり、そのイケメンが噂のロジかと思ったら――違ったようね」
そう声をあげたのは、赤い巻き髪を伸ばした女剣士だ。
目つきで判るが、かなり鼻っ柱も腕っぷしも強いタイプだ。
「しょぼくれたオッサンで悪かったね~。まあ、俺の噂なんてロクなもんじゃないだろうけど」
俺はそう言って、赤髪女剣士に微笑してみせた。
女剣士は、小馬鹿にしたような笑みを浮かべてみせた。
「なんで、あんたみたいなのが、やたら一目置かれてるのか知らないけど……結局は、Fランク冒険者なんだろ?」
「そうだけど」
厳密にはFプラスだけどね。
「新しい街に来てみたのはいいけど――どうなんだかね? この辺の水準は」
女剣士はそう言うと、鼻で笑ってみせる。
まあ、よほど腕がたって自信があるのか――見た感じよりは世間知らず、ってところか。俺はうっかり苦笑を洩らした。
「なんか、可笑しいかい?」
俺の苦笑が気に障ったらしく、少し凄みをいれて女剣士が口をきく。
俺はへらへら笑いながら答えた。
「いや、俺の事は馬鹿にしてもらっても構わないけど、街の事を馬鹿にしちゃいけないよ。じゃないと――自分自身が、痛い目をみる」
「なんだって……あんた、あたしに喧嘩売ってんのかい?」
俺は肩をすくめた。
「多分、中央の方から来たんで地方の街と思って見下してるのかもしれないけど――そう馬鹿にしたもんじゃないぜ、この街は」
俺の言葉に、女剣士は鋭い目つきで睨んでくる。
「まあ……こんな処に流れてくる、あんたも事情持ちなんだろうけど?」
俺の一言が、女剣士の神経に障ったらしい。
「あんた……どうしても、あたしとやりたいらしいね? あたしにナメた態度をとった奴は、残らず痛い目をみせてきたけど――あんたもそこに加えようか」
「おい、レイカ! お前、喧嘩腰はやめとけよ」
いい加減に慌てたカストルが、女剣士を制する。
「悪ぃな、ロジ。まあ、この街にまだ慣れてないんだ。大目に見てやってくれ」
「全然、気にしてないぜ、俺は。美人は街に大歓迎さ」
俺がそう言うと、女剣士レイカは不快そうに眉根を寄せた。
「……ったく、軽そうな奴だ。相手にもならん」
レイカはそう言うと、カストルと一緒に、別のテーブルへと移動していった。
と、ミュッセが口を開く。
「どうも粗暴だな、冒険者というのは」
「ナメられちゃイケない商売なんでね、仕方ないんじゃないか? 大目に見てやってくれよ」
「……お前はよく、こんな場所で生活してるな」
ミュッセが苦労したと言わんばかりに息をついた。
俺は笑いながら、席から立ち上がる。
「生きてる――って感じがするだろ?」
「そうか?」
ミュッセは首を傾げながら、俺に続いて席を立った。
俺はギルドの外に出ると、つないであったフレアに乗った。
「ちょっと離れてる場所なんでな、俺はこいつで移動するが」
「私も馬で来ている。問題ない」
フレアに乗ってしばらく歩き、街外れの砕石場まで来た。
「お~い、仕事あるかい?」
俺は現場監督に声をかける。
「お、ロジ! こりゃあ、ありがてえ、急ぎで運んでほしい石があったんだよ」
現場監督のおっさんは、俺を材料の処まで連れていった。
そこに山になった切り出された石材がある。小山になってるほどの量だ。
俺は少し笑うと、その石の山に掌を向けた。




