85.これから③
「――執行君」
随分と悩んでいる様子の執行さんに、津守さんが優しく微笑みかける。
「急に言われても困ってしまうよね」
「……はい」
「別に今すぐここで答えを出す必要はないよ。一度、家に持ち帰ってじっくり考えてもらって構わないし、必要なら佐々貴君と二人で相談してくれてもいい」
「いえ……ここで決めます」
「そうかい? まぁ、執行君がそう言うのなら、それでもいいよ」
そう言ってから、津守さんは視線を執行さんから私に移した。
執行さんの考える時間を少しでもあげるためかもしれない。
「それで佐々貴君は……と思ったけど、どうやら決まっているみたいだね」
「はい」
私と目が合った瞬間に察してくれたらしい。
津守さんとは、私が迷宮保安庁に勤め始めてからの間柄だ。
当時からずっと私の上司であり、姉の転院の一件からはより目を掛けてもらっている。
私の性格や考え方は筒抜けだろう。
津守さんは微笑と苦笑が混ざったような笑みを浮かべた。
ゆっくりと視線を私から執行さんに戻す。
そのタイミングで執行さんが「あの」と尋ねた。
「本当に……、本当に私は私のことだけを考えて決めていいんですよね?」
「あぁ、もちろんだ。それを尊重すると約束するよ」
津守さんが肯定したのを見届けると、執行さんは私を見た。
「佐々貴さんも」
「へ? う、うん」
な、なんで私にも確認を……?
と思ったけど、とりあえず首肯する。
執行さんは執行さんのことだけを考えて決めるのが一番良いのだから。それは間違いない。
津守さんに続いて私も賛同したことに、執行さんは小さく頷いた。
心の中で何か腑に落ちたというか、背中を押せたのだろうか?
俯き加減だった顔を上げて、真っすぐに津守さんを見つめて言う。
「……でしたら私も決まりました」
「聞かせてくれるかな?」
「はい」
首肯して、執行さんは私を一瞥した。
それから桜色の綺麗な唇を開く。
「――私は……佐々貴さんが続けるのでしたら続けたい、です」
「執行さん、それは」
「ダメでしょうか」
「ダメってわけじゃないけど……」
思わず間に入ってしまった。
だって、私が続けるから執行さんも続ける、というのは執行さんが自分のことだけを考えて出した結論とは思えなかったからだ。
学業との両立は大変だろうし、将来にも関わってくる。ダンジョンの調査やアンデッドの討伐は命にだって関わってくる。
それを踏まえた上で、これが執行さんの下した決断なのかもしれない。
でも、私を軸にするんじゃなくて、執行さん自身がどうしたいのかを軸にして決めてほしい。
「執行さん。何回も言ってるけど、私が続けるから執行さんも続けなきゃいけないってことはないんだよ? 津守二等迷宮保安監殿も言っていたけど、執行さんが責任を感じる必要はないんだから」
「……そんなんじゃないです」
「え?」
執行さんが頭を振って、私の言葉を否定する。
右手を胸の前でぎゅっと握りしめて、言葉を選んでいるのか下唇を噛んでいた。
「私……私は……佐々貴さんと一緒にいたいんです」
「え、わ、私と?」
「…………はい」
ほんのりとほっぺたを朱に染めて、執行さんが頷いた。
「私は、佐々貴さんのおかげで変われたというか……家のこととか学校のこととか、今までとは違うように、悪くないのかもしれないって考えられるようになりました。だから……もう少し一緒にいたいです。このままお別れなんて、嫌……なんです」
「執行さん……」
な、なんか告白でもされているみたいだ。
顔がめちゃくちゃ熱を帯びて熱くなっているのが自覚できた。
……そっか、執行さんは私のことをそんな風に思ってくれてたんだ。
私は執行さんの陰に隠れてトドメを刺しているばかりだったから、頼りないって思われていると思っていた。
でも、執行さんが少しでも前向きになれたのなら。
それはすごく嬉しい。アンデッドの調査が進展したことと同じ、もしくはそれ以上に価値のあることのようにも思えた。
「それが私の気持ちです」
「……執行君の意志は分かった。それを尊重しよう」
そう言って、津守さんは次いで私に顔を向ける。
「それで? 佐々貴君はどうするんだい?」
「私は……」
執行さんの後だと、なんだか答えにくい。
でも、それで答えを変えるなんてもってのほかだ。
最初から決めていた答えを口にする。
「私も続けたいです。というか、続けるつもりでしたから」
「分かった。ちなみに執行君とは?」
「……可能でしたら、私も一緒に続けたいです」
「ん、承知した。では、それで上には報告しておこう」
私たちに優しく微笑みかけて、津守さんが「よっこいせ」と立ち上がる。
「それじゃあ、早速で悪いんだけど、調査をしてほしいダンジョンがあってね。向かってもらってもいいかな?」




