80.ドラゴンゾンビアンデッド⑲
「お、終わった……」
ドラゴンゾンビアンデッドの黒い核が光に包まれて消滅して、心の底から安堵の息を吐き出した。
だけど同時に、くらりと眩暈がして思わずしゃがみ込む。
すぐに立とうと思ったけど無理かも。
諦めて、私は半ばへたり込むように地面に座った。
流石に魔法を使いすぎた。
ドラゴンゾンビアンデッドが手強かったことや大きかったこともあるけど、主の広間までにオーガアンデッドなどにも使用していたのだから、当たり前か。
金属バットやバングルの宝石のおかげでドラゴンゾンビアンデッドを倒すまでギリギリ魔力がもってくれたけど、今までだったら絶対に途中で魔力が底をついていた。
肩で息をしながら、顔にかいた汗を手で拭う。
……く、臭い。
汗の匂いだけじゃなくて、毒の水を頭から浴びたせいで二つが混ざって地獄のような臭いになっていた。
ソフトボール部だったときの夏の練習終わりより臭いかもしれない。まさかあのときの臭さを今になって更新するとは思わなかった。
主の広間の中を見ると、ドラゴンゾンビアンデッドの黒い核を消滅させたことで、執行さんが斬り落とした尻尾も消滅していた。
主の広間の中はしんと静寂が訪れている。
だから、二人の足音が私の方に向かっているのもすぐに分かった。
「佐々貴さんっ!」
「あ、執行さ――」
「なんで約束守らないんですか!」
「え……?」
開口一番、責めるような口調で言われて混乱してしまった。
労わりの言葉を掛けられると思っていた。
「『え』じゃないです。すごく毒を受けてたじゃないですか。最後だってどうして避けなかったんですか」
「もう押し切っちゃったほうがいいって思ったから……」
「それで一回、動けなくなって危なかったですよね?」
「それはそうだけど、その時は執行さんが助けてくれたし、今回は対策も一応はしてたし」
「言い訳しないでください。すごく、心配したんですから……」
「ご、ごめんね……?」
「もういいです。無事だったのならそれで」
呆れたように執行さんは肩を竦めて、小さく溜息を吐いた。
「……お疲れ様でした。兎に角、倒せて良かったです」
「うん。執行さんもお疲れ様」
と、私たちの会話が終わるタイミングを待ってくれていたのだろう。
久遠さんがやって来る。
「二人ともお疲れさん」
「久遠さんもありがとうございました」
「いいってことよ。つーか、まさかマジで治癒魔法で倒しちまうとは……ていうか、臭っ!?」
「…………」
あ、普通に傷ついた……。
ドラゴンゾンビアンデッドの液体のせいだし、久遠さんが言っているのはそのことだって分かってる。それに自分でもめっちゃ臭い自覚だってある。
でも人に指摘されると、グサッと心に刺さった。
私の反応を見て、執行さんははっとした様子だった。
慌ててフォローを入れてくる。
「わ、悪い悪い思わず……。あの液体を浴びてたせいだもんな、しゃあないよな」
「いえ……私が臭いのは事実ですから……」
「あの液体がな!? 佐々貴ちゃんが臭いって言ってはなくて、いや、臭いけどそうじゃなくてな!?」
大きな身振り手振りをしながら、久遠さんが早口でまくし立てる。
その隣で、執行さんがゆっくりと抜刀するのが見えた。無言のまま久遠さんを睨みつけている。
「…………」
「悪かったって。執行ちゃんも刀を下ろしてくれ、な?」
「……ちゃんと佐々貴さんに謝ってください」
「も、もちろん。佐々貴ちゃん、本当に悪かった……」
「い、いえ、もういいですから。執行さんも刀を鞘に戻して?」
「……分かりました」
執行さんが刀を鞘に納めると、久遠さんはようやくほっとした顔になった。
まぁ、執行さんの刀の威力はドラゴンゾンビアンデッドとの戦いで嫌というほど分かっているから必死になるのも分かる。
「佐々貴さん、立てますか?」
「う、うん。なんとか」
「肩、貸します」
「えっ!? いいよいいよ、私すごく臭いし……」
「気にしません。それに、その状態で歩けませんよね? ここ、地下25階ですよ?」
「うっ……」
執行さんの言う通りだった。
今の時間、少し座って休んだとはいっても、まだふらふらだ。
正直、立ち上がるのが精一杯。
25階層も登らないといけないと考えると気が遠くなりそうだった。
「本当にいいの?」
「はい。もちろんです」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
差し出された執行さんの手を取って立ち上がる。それから遠慮がちに執行さんの肩に手を回した。
「お、俺も肩を貸すぜ? 両サイドから抱えたほうが楽だろ?」
遅ばせながら久遠さんが提案してくれる。
だけど、執行さんが睨みつけるような視線を向けた。
「別にいいです。背が合わなくてバランスが悪くなりますし、あなたは周辺の警戒でもしててください」
「……わ、わかったよ」
ぴしゃりと言われた久遠さんは、私たちを先導するように前を歩き出した。
執行さんに支えられて、私もゆっくりと足を踏み出す。
主の広間を出る途中、一度だけ振り返ってみる。
これまでに調査してきたダンジョンの主の広間で、もっとも広いのがこの東村山ダンジョンだった。DⅠダンジョンだから当然ではあるけど。
今は誰もいない。静かな空間が広がっている。
……本当に倒したんだなぁ。
達成感に満ちて、なんだか感慨深い。
「佐々貴さん?」
「あ、ごめんね。行こうか」
「はい」
こうして、私たちは東村山ダンジョンを後にした。
……ちなみに。
このあと迷宮保安庁の医療施設でメディカルチェックを受けた。
そして、魔力を使いすぎたことと毒を浴びまくったことを主治医の先生と執行さんに、しこたま叱られたのだった。




