50.執行七瀬③
「そうなんですか……?」
「うん」
流石の執行さんも、そこまでとは思っていなかったのだろう。
少し困惑した様子で尋ねてきた。
ゆっくりと頷いて首肯する。
「私には姉がいるんだけど。数年前、私がまだ大学生だった時にね、配信者だった人と一緒にダンジョンに行って、大怪我を負って。今もまだ目を覚ましてないの」
「え……」
「姉はダンジョンになんて興味なかったから、きっとその人のせい。その人のせいで、姉はこんなことになった」
もちろん、最終的に行くと判断をしたのは姉自身だって分かっている。
行きたくなかったのなら断ればよかったのだ。
でも、姉は本当に優しい人だったから性格的に断れなかったのだろう。もしかすると、その配信者は姉にとっては大切な人だったのかもしれない。
……信じたくはないけど。
その配信者はろくでもない奴だった。
何でもかんでも姉のせいにするような奴だった。
姉が怪我をしてすぐの頃に一度だけ会ったけど、謝罪の言葉何て一つもなかった。お見舞いにも一度も来なかった。いや、それは来なくて良かったけど。
それから、私は配信者を嫌うようになった。
配信者なんてろくでもない奴ばかりだ、と。
全ての配信者がそうじゃないってことは、少し外に目を向けて考えれば分かること。でも感情は簡単には整理できなかった。
姉がこんな目に遭ったのに、配信者たちは楽しそうにダンジョン配信をしている。お金を稼いでいる。認められている。褒められている。
許せなかった。腹が立った。
「だから私は……正直に言うと、呑気にダンジョン配信している人たちは全員魔物にやられちゃえ……くらいには思ってる」
別に配信者のために迷宮保安官になったわけではない。
けど、きっとこんな風に思っているのは迷宮保安官としては失格だろう。
静かに聞いてくれていた執行さんに、苦笑を浮かべる。
「ね? 私って、優しくなんてないでしょ?」
「……仕方のないことだと思います。それに私に優しくしてくれたことは変わりません」
「そっか、あとがと。でもさ、だったら執行さんも同じだよ」
「え?」
執行さんがこてり、と首をかしげた。
「執行さんが私を助けてくれたのも、保安庁の調査に協力してくれてるのも本当のことだから。その事実は変わらないよね?」
もし、それを否定するならば。
それこそ嘘になる。
執行さんが迷宮保安庁のアンデッド調査に協力してくれていること。
魔物を倒せない私の代わりに魔物を倒してくれていること。
柏ダンジョンで私を庇ってくれたこと。
全部、全部、それらは本当のことだ。
「それにさ。執行さんは私に嘘を吐いてたって言ってたけど、そんなことないよ」
「でも、佐々貴さんは知りませんでした」
「そうだね。だけど、私は知らなかっただけで嘘を吐かれたわけじゃない。私だって姉のことを言ってなかったし、もし執行さんが言いたくないって思っていたとするなら、それを言わない権利は持ってるから、誰も責めないよ」
そりゃあ、仕事に関することなどは言ってもらわないと困ることだってあるだろう。
例えば、ダンジョン内で怪我をしちゃった、とか。
だけど家に関すること、プライベートなことは言う権利も言わない権利もどちらもあると思う。
現に津守さんだって、あえて私に執行さんの家のことは「剣術の家元」としか伝えていなかったわけだし。
俯いている執行さんに呼びかける。
「ねぇ、執行さん」
「…………」
「さっき、執行さんは『変わらなかった』って言ってたよね」
「…………はい」
「たしかに執行さんの剣術は人を殺すための剣術かもしれない。でも執行さんは、その剣術で私を助けてくれたんだよ。それってさ、変わったってことじゃない?」




