8-43.伝説の再現
牝馬をそちらに向かわせれば、空の鞍を背負ったもふもふが来た。アンリを見て、微かに安心した顔になった。
「無事で良かったわ。ねえ、ヨナと一緒にいたの? 彼はどこ?」
質問に、もふもふは今来た方向を見た。そっちにいるのか。もふもふだけ戻して、なんのつもりなんだ。
「とにかく行きましょう。ゾーラも一緒に」
「おう。こっちだ」
村長宅に連れられる。居間で、ゾーラが床に座り込んで困った顔をしていた。同じく座ってすすり泣きをしている男の子を見て、うろたえるだけ。
「ね? 泣き止んでよ。お姉さんいいことしてあげるから。お願い」
「そんなんじゃ泣き止まないと思うぜ?」
「だってー。男の子との付き合い方とか、あたしわからないのよー」
「好きな癖になー」
「こんにちは。あなたがガランね? はじめまして。わたしはアンリ。ヨナの友達よ。ねえ、何があったか教えてくれるかしら。大丈夫、あなたが悪いなんて、誰も思ってないわ。怒らないから、あったことを教えて?」
親しげに声をかける。ガランは泣き腫らした目でこちらを見て、しゃくりあげた。
「ほ、本当?」
「ええ。何があったのか知りたいだけ。ふふっ。ガランは偉いわね。ヨナのこと大好きなのよね? だから心配で一緒ににいたいって思った」
「うん。そうなんだけど……あのね、お兄ちゃん、夜中に一回起きたんだ」
「そうなの?」
「その時、お兄ちゃんは笑ってた。ティナさんが捕まったことを知っても、心配してないって顔だった。でも違うんだ。顔だけなんだ。心の中でどう思ってたのか、見えて。それが……怖かった。すごく怖かった」
その恐怖と、ヨナにそんなことを感じてしまった後ろめたさと、ヨナの言うことを聞いて素直に寝てしまったことの後悔。それが混ざって泣いてしまったんだろう。
「なるほどね。話してくれてありがとう。助かったわ。……ヨナは、ティナを助けに行ったのね」
「だろうな。たったひとりで」
「心配ね。敵が」
「だな」
ゾーラとキアが何を考えているのか、アンリにもわかる。
前にレダウスが亡くなった時、その原因となった魔物たちがどうなったのか、アンリも知っていた。闇夜を切り裂く光は森の外からも見えた。
「行きましょう。キア、あの牝の馬に乗れる?」
「わかった」
「ゾーラはわたしの後ろね」
外に出れば、牝馬がもふもふに体を擦り寄せていた。もふもふもそれを突き放しはしない。けれどアンリを見た途端に、牝馬からは離れていった。
もふもふも不安なんだな。ヨナのことを間近で見たから。ガランの感じた恐怖を彼も受け取った。
アンリとゾーラを乗せて駆ける。目的地までどれだけ離れているかは知らない。でも、そこに近づけば嫌でもわかった。
焦げ臭さ。立ち込める煙。山の斜面の向こうに地獄絵図が広がっていた。
地面を割る筋がいくつも走っている。一方向から放たれたように、放射状に。それが村だった場所をズタズタに切り裂いていた。
その筋に沿って、いくつもの死体らしきものが転がっている。何人分か数えるのは無理だ。多すぎるし、バラバラになってるし。たぶん人体としての原型を留めていないのも多いだろう。
「なによ、これ……」
「ヨナがやったのね。聖剣の力で。人間相手に」
「ええ。ジェイザックは聖剣で、敵の軍を焼き払ったって伝説があるわ」
「それが、これ?」
英雄譚の中で語られる、華々しい活躍。本当にやったら、こんなに酷たらしい光景になるの?
わたしの憧れていた英雄の姿が、これ?
そんな村の真ん中に、ヨナの姿が見えた。
「ヨナ!」
「近くまで行きましょう」
「ええ!」
「待て! 一旦森の方に引け」
「え? なんで?」
「後ろから軍隊が来る」
「いやなんでよ!?」
わけがわからない。でも確かに、大勢の馬や兵士が走る音が聞こえた。
背後からラロシエリの軍隊が勢いよく村になだれ込んできた。
――――
エルマ将軍率いるボンドル侵攻部隊と睨み合いをしていたラロシエリの軍は、当然ながら敵の様子を常に監視していた。
奇襲を繰り返して帝国軍の戦力を削ぎつつ、挑発に乗った奴らが山を駆け上り仕掛けてくるのを待つ。そのために迎撃の防御機構を充実させ続けるという方針だった。
その指揮をとっていた将軍は、見張りからの報告に目を疑った。敵軍が壊滅して敗走していると。敵の別部隊が駐留している村も、突然の土砂崩れに巻き込まれて混乱中。
何が起こっているのかわからない。だが、この機を逃すわけにはいかない。
「全軍進撃だ! ボンドルにも連絡。そちらの兵も回して、一気に首都まで攻め込むぞ!」
すぐさま早馬が送られた。軍隊はエルマの陣地を通過して、首都ロプロースまで一気に迫った。
――――
アンリのいない静かな朝を、イレイナは寂しく迎えていた。
ううん。寂しさなんか感じちゃいけない。アンリなしでもやれるって、ちやんと見せないと。
自分の役目はわかっている。軍隊がロプロースを取り戻しに行く際に、勇ましい号令を出すこと。昨日の夜もひとりで練習した。格好がついてるかは、よくわからない。でもきっとできるはず。
これが姫の仕事だもの。やってやる。そうしたら、首都で捕まっている両親にもまた会えるから。
今朝も兵士たちが訓練している様子を見せてもらうことになっている。城の中庭に整列した彼らの近くまで行こうとして。
「おい! 総員、出撃体勢に入れ!」
指揮官の鎧をつけた兵士が入り込んで声を上げた。
「慌ただしいが、出陣だ! 帝国兵が壊滅したって知らせが来た! 本当なら首都奪還のチャンスだ!」
イレイナを出迎えようとしていた兵士たちは、慌ただしく動き出した。イレイナのことは見えていないように、彼女の前からいなくなっていく。
「姫様、ご安心ください。我々が必ず首都を解放して見せます。おい、姫様を城の中に」
「え……」
指揮官がイレイナに笑顔で語りかけた。そのまま侍女へ命令をして、行ってしまう。
なんで? まだ何も言ってない。お姫様の号令があって、みんな勇気づけられて行くんじゃないの? なんで、慌てて出ていくの?
わたしがいなくても、首都は取り戻せるの? じゃあ、わたしの役目ってなに? 覚悟はなんだったの?
疑問をぶつけられるアンリはこの場におらず、兵士たちの動きに巻き込まれないよう侍女たちが強引に引っ張るのに、イレイナはされるがままになるしかなかった。




