8-40.ティナとエルマ
木々に隠れながら敵地の様子を見る。坂の向こうに村があり、そこに多くの兵士がいた。ほとんどは野宿を強いられているらしい。家はあるが、それを使えるのは上官だけなのだろう。
朝が来て、兵も起きる時間だ。
こちらから見下ろす位置にある村は、それなりの距離がある。向こうも僕に気づいていない。もちろん、ここから村まで届く攻撃方法も普通は無い。
遠目に、見た顔を見つけた。さっき馬上で僕の動きを止めた女だ。
朝の日差しを浴びて、何を考えているのだろう。知りたいとも思わなかった。
落ちている木の枝を拾い上げ、頭上に掲げる。体は今も沸き立つように熱い。
――――
朝日は好き。美しいから。
散々な結果に終わった襲撃だけど、朝日は今日も綺麗だった。
襲撃部隊の兵士たちの死を、上官や仲間たちに伝える仕事をエルマはひとりで引き受けた。ヒンナは疲れているだろうと、休むことを命じられた。
ヒンナは無理をする親友を心配しながらも、命令には逆らえなかった。せめて後で、美味しいものでも持っていこう。
親友が辛そうな顔をしてるなんて、見てられないもの。
もちろん、副官として上官をしっかり支える仕事もこなすけどね。この戦争はさっさと終わらせるべきだ。帰って彼と結婚するために。
胸のペンダントを外して、陽にかざした。キラキラと光を反射するそれが綺麗だった。早く彼に会いたい。愛を伝えたい。
大丈夫。きっと全てうまくいく。眩しい太陽が、そう祝福してくれるようだった。
不意に、その明るさが増した。
――――
気が滅入るような時間だ。
部隊の主だった者を集めて説明をした。敵襲の結果、返り討ちに遭ったと。敵は半分以上が民間人で、戦闘への心構えもなかった。なのにやたらと強い冒険者によって、部隊はほぼ全滅した。
正直に話して、頭を下げた。
兵士たちは無言だった。どう声をかければいいのか、わからないのだろう。
ただ、襲撃部隊に部下を託して失った士官の男が絞り出すように言った。
「将軍も、時には判断を間違えるということですな。ですが戦は時の運にも左右されます。気になさいますな。部下たちには私から説明します。将軍もお疲れでしょう。今は休んでください」
彼の目はエルマの腕に巻かれた包帯に向いていた。
気遣いが辛かった。
言葉少なげな会合を終えて、寝床にしている村長の家へ向かった。真夜中だ。夜明けも近いだろう。
家の前に見張りの兵がいて、エルマに敬礼をした。そして告げた。
「捕らえた女が目を覚ましました。大人しくしていますが、指揮官との会話を望んでいます」
女を村まで連れてきた際、この家の部屋のひとつに寝かせた。窓の外にも兵士を配置して逃げられないようにしている。
彼女が囚われの身となったことを自覚した途端、脱出を試みる可能性は考えていた。けれどここは陣地の只中。逃走は無理だろう。
大人しいというのも意外だ。話しをしてみたくなった。
ノックをして部屋に入る。ベッドに腰掛けていた女はすぐに気づいた。
頭に包帯を巻いている以外は、昨日捕らえたままの姿。武器だった剣も戦いの中で落としていたから、没収する必要もなかった。
彼女は穏やかな表情でこちらを見た。特に、目からは優しさが見て取れた。
敵に捕まって、こんな表情が出来るなんて。それが少し不気味に思えた。
「こんにちは。あなた、この軍全体の指揮官だったんですね」
「ああ。エルマだ」
「ティナです。ライディアル王国出身の……軍人でした。訓練兵ですけど」
「ライディアル? 訓練兵? なぜそれが、ラロシエリの軍事作戦に参加していた?」
「色々複雑な経緯がありまして。あなたも知っているのでは? ライディオン王家の第六王子がラロシエリ領内にいると」
知っている。だから配慮した攻め方をしろなんてふざけた命令を聞くために、首都まで戻らされた。
おい。まさか。
「詳しい説明は省きますが、わたしは彼の近衛兵として旅に同行しています」
「なんで、そんなことを」
「説明している暇はありません」
「いいや聞くべきだ。いきなりそんなことを言われても、納得できない」
「……」
落ち着いた様子のティナは、じっとこちらを見た。
「ヨナウス殿下のことを知らなければ、わたしは一介の冒険者にしか見えないでしょう。なぜ捕らえて、本陣まで連れてきたのですか?」
急に話題を変えたティナに面食らう。この女はなにがしたい? 何を考えている?
第二皇子殿下に献上すると説明をするのを、ためらってしまった。こんな愚かな理由を話せば、この年下の小娘に嘲笑われるだろう。
「お前が考えることではない」
「そうですね。あなたが考えるべきことです」
「言ってる意味がわからない」
「説明している時間はありません。あなたは立場ある人ですし、聞き入れてくれるとも思っていません。ですがお願いします。わたしを解放してください。わたしを捕らえたのは間違いだったと、ヨナウス殿下に頭を下げてください」
「そんなことができるかっ!」
お前は多大な犠牲を払って得た、戦果だ。第二皇子を喜ばせるための。たとえ望んだ戦果じゃないとしても、必要な捕虜だ。
同盟国とはいえ、戦争の当事者でもない国の王子がなんだ。そんなものに戦争をひっかき回されてたまるか。
こっちは多くの兵士の命を預かる立場なんだぞ。




