8-39.熱くなる
夢を見ていた。
父や、兄や姉や、その母親の夢だ。
卑しい妾の血を受け継いだ僕へ向けられる侮蔑の目。幼くて無力な僕を馬鹿にして、邪険に扱う彼らの姿。
使用人にも、僕には構うなと言い聞かせていて、王族とは思えない扱いを受けた。それに暴力も振るわれた。機嫌が悪かったらしいグラドウスが、すれ違いざまに蹴飛ばしてきた。
倒れた僕を何度も何度も殴る。ジグドウスとフィネチアがそれを見て笑っている。やめてと叫んでも、だれもやめようとしなかった。
これが僕の人生。思い出したくもない日々。
ようやく抜け出せたのに。自由を得たのに。ティナと一緒に、大変だけど幸せな日々が。
「ティナ!?」
がばりと身を起こして彼女の姿を探した。いなかった。
ここ数日、ずっとそうだな。無理して早起きして城のコックに料理を教えて。
さっきは僕のために明らかに格上の相手に挑んだ。ティナが疲れていたのは明らかだった。だからエルマという将軍に太刀打ちできず。
ティナはどこにいる? ここはどこ? 知らない部屋だ。
「お兄ちゃん!」
そばで様子を見ていたらしいガランが、勢いよく抱きついた。
打った体に痛みが走る。
「痛っ」
「あ! ごめんなさい。怪我、ひどいの?」
「大丈夫だよ。体中あちこち痛いけど、我慢すれば動ける」
「動かないで! ゾーラさんたちを呼んでくるから!」
起き上がろうとした僕をガランが押し留める。そして部屋を出ようとした。
彼の腕を掴んで止めた。
「ティナはどこ? この近くにいる?」
「ええっと……」
「大丈夫。本当のことを教えて」
ガランが言い淀んだ意味がわからない僕ではない。ゾーラかキアに口止めされてるんだ。
だから優しく、笑顔で尋ねた。今にも泣きそうな顔のガランは、躊躇いながら答えた。
「う、うん。あのね。帝国の人に攫われた」
瞬間。体が熱くなった。血が沸き立つような感覚。
それを必死で押さえつけて、優しい笑みを浮かべ続ける。
「そっか。ここはどこ?」
「途中にあった村だよ」
「なるほど」
「ねえ。ゾーラさんを呼ばないと。お兄ちゃんが起きたって」
「大丈夫。ゾーラたちも戦いで疲れてるだろうから、今は休ませないと。ほら、窓を見てよ。夜だよ。ガランも寝なきゃ」
「う、うん。でも、お兄ちゃん。怖い」
「何も怖くないよ。帝国の兵士は、ここまでは来ない」
「違うんだ。そうじゃなくて……ううん。なんでもない。おやすみなさい」
ガランは怪我をした僕を放っておけず、夜通し近くにいると自分から志願したんだろう。ベッドの近くに布を敷いて、そこに寝ていた。
「うん。おやすみ。君は本当に良い子だ。しかも勇敢だ」
さっきも、僕を助けるためにスコップを手に飛び出してくれた。
だからこそ胸が痛む。彼が怖がったのは帝国兵ではない。
僕だ。
寝息を立てたガランに布団をかけて、僕はこっそりと外に出る。途中、家のキッチンにお邪魔して包丁をあるだけ貰っておいた。
人に見つからないよう周囲に気を配りつつ、僕がいた家の裏手にあった家畜小屋へ向かう。
もふもふはそこにいた。
「起きて、もふもふ。お願いがある」
声をかければ、彼はじっと僕を見た。
「帝国の兵士がいる陣に行きたい。ティナを取り戻すために。手伝ってくれる?」
返事はない。微動だにせず見つめるだけ。
「心配しないで。無謀な戦いなんかしない。戦いが始まったら、もふもふは逃げていい。ゾーラたちに知らせに戻って。ね?」
言葉が通じるとは思わない。アンリは特殊な例だ。
本当なら、もふもふはアンリ不在で誰かを背中に乗せることは無いだろう。無茶なお願いをしてるのはわかってる。
でも僕に従ってくれるとしたら、きっとそれは真心とか、想いが伝わったとか、そんなものではない。
気迫に押されたからだ。
短く鳴いたもふもふを小屋から連れ出し、またがる。駆け出した馬上で感じる風も、熱い体を冷ますのには無意味だった。途中からは、杭が打ち込まれた歩きにくい道を行くことになったし。
もふもふには苦労かけてるとわかってる。後でねぎらってあげないとね。
帝国はなぜティナを連れ去った? なんのために? ティナは今、どうなってる?
ふと、昨日のことを思い出した。帝国の工作員に、これから彼がどんな拷問を受けるかを話したこと。
帝国はそれをするだろうか。ティナからボンドルの街の情報を聞き出すために。
だとしたら。
熱さはさらに増した。
村から出てさっきの戦場を通り過ぎる。帝国の本陣の近くに付く頃には、明け方になっていた。
なぜ本陣の近くとわかったかって? 兵士がいたからだ。二人組で、周囲の見回りをしていた。
もふもふで急接近しながら、包丁を投げる。片方の兵士の顔面に刺さって命を奪った。もう片方が動揺している間に、すれ違いざまに剣を振るって首を跳ねた。
ここから先は、いつ敵に遭遇するかわからない。
「ここまででいいよ。ここから先は危険だしね。ひとりで戻れる?」
もふもふは黙って頷いて、来た道を戻っていく。いずれゾーラたちにも抜け駆けがバレるだろうな。
早めにやらないと。




