8-38.ティナは追えない
敵の指揮官が逃げていく。しかもなぜかティナを連れて。
なんのために? 帝国が人攫いをする理由は?
わからないけど、キアはそれを許すつもりはなくて。
「待ちやがれ!」
追いかけようとした。しかし向こうは馬で逃げる。しかも。
「エルマ将軍をお守りしろ!」
「おう! この場は通さない!」
帝国兵が立ち塞がる。そいつの顔面を蹴飛ばして追いかけようとした。鎧を着込んで足の遅い兵士が逃げているのが見えた。道を塞いでて、邪魔だ。ゾーラがそいつの足を止めてくれたから、首裏をナイフで刺して殺す。
その頃には、ティナを乗せた馬はかなり離れていた。
こんな時、アンリがいれば矢で仕留められただろうに。
「諦めないからな! もふもふ! 手伝ってくれ! 追いかけるぞ!」
「キア待って! 深追いは駄目! 敵の本陣に近づきすぎるのは危険よ!」
「でも!」
「気持ちはわかるわ。ティナは絶対に助けに行く。でもその前に、ヨナくんを探して」
「……わかった」
そっちも心配だ。そして、キアにしか出来ない仕事。
「ここから落ちたんだよな」
落ちた箇所から斜面に入る。そこに生えている木の上に乗り、ヨナの姿を探した。
しばらく降りると、彼はいた。木の幹に引っかかってぐったりしてる。
「ヨナ! 無事か!?」
返事はない。気を失ってるらしい。脈はあるから死んではいない。
「良かった……戻るぞ。でも、上まで引っ張り上げるのはアタシひとりじゃ無理だな……」
一旦戻って、山歩きに慣れた人を連れてこないと。同行した兵士にいるかな。いてくれよ。
上に戻ると、兵士が何人か待ち構えていた。他の兵士たちは街に報告するために戻っていった。民間の作業者たちもだ。
「あの! お兄ちゃんは無事ですか!?」
ガランという少年だけは残っていた。
「ああ。無事だ。みんな、手伝ってくれ」
即席の担架を作って下まで運ぶ。道具はいくらでもあった。時間はかかったけれど、なんとか無事にヨナを運び上げた。
「見たところ、大きな出血はなさそうね。体中を打ってて痛いだろうけど、しばらくしたら目覚めるはず」
「どうする? 街まで連れて行くか?」
「夜は野生動物が出そうね。怪我人を守りながら追い払って移動するのは危険よ。さっきの村まで引き返して、そこで夜を明かしましょう」
「わかった。誰か、街に伝えてくれ。ヨナは無事だと。公爵様はそれを気にしてるはずだ」
兵士たちからすれば、ヨナは一介の冒険者。城主が気にする意味がわからないだろう。でも兵士は行ってくれた。
そして、ずっと目覚めないヨナを運んで村へ向かった。小さな集落と言うべきものだったけど、住民は親切で泊めてくれた。
粗末ながら村では一番いいベッドにヨナを寝かせる。落ち着いたら、キアにも疲労感が一気に襲いかかってきて、倒れるように眠りについた。
――――
ヨナたちが襲われたという知らせは、アンリたちにもすぐに伝わった。どうなってるの? なんでヨナは戻らないの?
「イレイナ! わたし行かないと!」
きっぱりと言い切った。
「え、でも。待って!」
部屋から飛び出したアンリは馬小屋へと向かう。牝馬が何頭かいた。顔はもちろん覚えているとも。
「あなた、もふもふのこと好きだったわよね? 会いに行かせてあげる! お付き合いできるかは、ちょっとわからないけど! だからわたしを乗せて!」
呼びかければ、牝馬は猛烈に頷いた。
「よし! 早速行きましょう!」
「待ってくださいアンリさん! もう夜です! 夜道は危険です!」
「でも!」
「城門からの出入りも厳しいです。落ち着いてください」
「そんなこと言われても」
こっちは必死だ。早く行きたいのに。
「お、お願いしますアンリさん。朝まで待ってください」
イレイナも必死だった。アンリと離れたくないって気持ちが伝わる。
今日一日で多少は自信がついたはず。でも、足りないか。
「よ、夜の間に、アンリさんが城門を通行できる許可証を用意します。だから朝になれば行けるようにしますから。お願いです。今夜だけは」
震える声で語りかけるイレイナは、決して今のままで良いとは思っていなかった。アンリに頼り切りにはできないと。
でも寂しさと不安から、今日は一緒にいたい。だから妥協案を出してくれた。
イレイナは成長している。それは間違いない。
「……わかったわ。今夜だけね」
「はい。ありがとうございます!」
手をぎゅっと握りしめるイレイナに、アンリは笑いかけた。
彼女の提案を呑んだのは、夜にはヨナたちが戻ってくるのではとの期待してたから。敵に襲撃されたくらいでやられるとは思わない。大変だったよって顔で戻ってくると思ってた。
なのに彼らは帰らずに知らせだけ来た。ヨナは意識不明で、ティナが敵に連れ去られたと。
王子がそんな状態になったことに、城の貴族たちも動揺していた。
「やっぱりわたしが行かないとね。イレイナ、あのね。わたしはもう、イレイナは立派なお姫様になれると思うの。やるべきことはわかってるわよね?」
「は、はい。堂々として、戦争に行く兵士たちに勇ましい言葉をかけて送り出すことです」
「そう。それがお姫様の仕事」
「頑張ります」
不安そうだけど、イレイナはしっかり頷いた。
彼女は通行証も用意してくれた。正確には、公爵に掛け合って、彼らがヨナの状態を把握するために派遣する人員にアンリも加えるようお願いした。
こういう交渉ごとが出来るようになったなら、もう心配いらないだろう。
まだ不安そうなイレイナに手を振り、アンリは馬小屋にいた牝馬にまたがり城を出る。
真夜中だった。明け方にはヨナと合流できるかな。




