8-37.転がり落ちる
周囲の味方が僕を守るために動いてくれたが、僕自身は動けない。体が地面に貼り付くみたいだ。
何もできないなんて!
ティナの方を見れば、エルマと必死に切り結んでいた。両者の実力はほぼ互角。いや、エルマの方が少し上らしい。当然だ。相手は立場のある将軍。生半可な実力で得られる立場じゃない。本気で殺しにかかるエルマの斬撃に、ティナは次第に押されていき、防戦一方になっていく。
助けに行かないと。僕が動ければあの女を殺せるのに!
「うあぁぁぁぁぁ!」
体中に力を込めて起き上がろうとしたが、出来ない。歯がゆい。何も出来ない自分が憎くて仕方がない!
「このぉっ!」
「なっ!? ちっ! 子供ばかり戦場に連れ出して! ラロシエリは正気なのか!?」
副官の苛立ちの声が聞こえて、ふと体が軽くなった。見れば、副官の馬に向かってガランが駆け寄っているのが見えた。
彼は作業用のスコップを握っていた。武器にするには向かないけれど無視も出来ない道具。それが間近に迫るのを見て、副官もそちらに注意を向けざるをえなかった。
立ち上がった僕は腰の剣を抜き、近くにいた帝国兵を斬り捨てる。ガランはといえば、副官の馬に蹴られて倒れていた。
「誰かガランを助けて!」
自分で行く余裕はない。ティナが、ついにエルマの剣を受け止めきれず、自身の剣を落としてしまったから。咄嗟に引いたティナに、エルマは容赦なく追撃を喰らわせようとしていて。
「ティナ!」
「痛っ!?」
肉薄した僕の剣はエルマの肘のあたりに深い傷をつけた。エルマも剣を取り落としたものの、その顔から闘志は消えておらず。構わず僕に踏み込んだ。
両者の体がぶつかり、軽い僕が突き飛ばされてよろめく。転倒しかけた僕の体をエルマは追い打ちとばかりに蹴飛ばした。
背中が何かに当たる。ティナだ。僕を助けようとして近づき、巻き込まれた。
「あっ」
「ヨナさ……」
ごんっ。鈍い音と共にティナが倒れて動かなくなった。頭を打ったのか?
助けないと。なのに。
「このっ! 子供が!」
エルマが僕に向けて、半歩身を引いた。彼女は負傷した腕をもう片方の手で押さえている。それでも動きに無駄がなくて。
回し蹴りが僕の腹を打った。
「かはっ」
瞬間、世界がひっくり返った。体が宙に浮かんだ。
僕の体は道の右側。山の下り斜面の方へと出ていき。
重力に引かれて斜面を転げ落ちた。体中を打ち、木の枝が刺さり、地面に叩きつけられてまた転がった。
どれくらいの距離を落ちたかは知らない。
地面から斜めに生えている木の幹に当たり、止まった。
登らないと。上は、戦場はどっちだ? ティナはどこ? 彼女は無事なの?
体中の痛みに耐えながら立ち上がろうとして、できなかった。
薄れゆく意識の中で、ティナの姿だけが頭に浮かんだ。
――――
エルマは、腕に鋭い痛みを感じた。若い冒険者風の女をもう少しで倒せた所に乱入した、子供のせいだ。
かなり深い。無事な手で流れる血を押さえながら子供を蹴飛ばして斜面に落とす。
女は気を失ったのか、倒れたまま動かない。
「将軍! お怪我を!?」
「軽傷だ問題ない!」
「いいえ! 引け! 全員撤退だ! 将軍、わたしの後ろに!」
「待てヒンナ! 捕虜を!」
「っ! はい!」
倒れた女を片腕で起こして、ヒンナに馬上まで引っ張り上げさせた。そして自分も別の騎士が乗る馬に同乗させてもらう。
無事な馬は他にいない。残る兵は走って逃げなければいけない。当然、敵も追いかけるだろう。
逃げようとした帝国兵の足に、地面から生えた黒い紐が絡みついた。動けなくなった彼に、褐色肌のガルアン人と思われる女が背後から飛びついてナイフで首を刺す。さっき飛びかかってきたあの女は、何者なんだ。それに黒い紐は、あれは異能なのか?
王国兵も背中を見せた帝国兵に容赦しない。追いかけて、矢を放って次々に仕留めていく。
無事に自陣に帰れるのは、自分とヒンナを含めて数人だろう。三十人の精鋭を連れてきたのに、このざまだ。
死んだ兵の中には中隊長クラスの者もいる。将来を有望視されて経験を積ませるために連れてきた士官候補生もいる。最初に斬り殺された彼は怪力自慢で名が知られて、部隊の中でも人望の厚い人気者だ。
優秀な人間ばかり殺された。
「損害が大きすぎる!」
苛立ちもあって、つい声を上げてしまった。
簡単な襲撃のはずだった。敵ほとんどは民間の作業者で女子供も含まれている。正規の兵士は僅か。
なのにこの体たらくだ。その女子供に損害を出された。
「しかし捕虜を得ることができました。しかも女です」
「ああ。殿下はさぞ喜ぶだろうな」
ヴィルドーゾは兵士の犠牲など気にも留めないだろうから。女が手に入ったと聞けば単純に喜ぶ。
見れば、体つきは貧相だけど美人だ。
「けれど、たったひとりだけだ。しかも正規兵ではなく冒険者。他の戦果は? 奴らが作ろうとしていた防御機構は壊せた。すぐに再建できるような簡単な柵だ。戦闘で敵兵は何人殺せた?」
「……確実な数は言えません」
「だろうな。わたしも、自分の手で殺した兵はゼロだ」
死んだ襲撃部隊の仲間が何人か道連れにしたとは思う。けれど、せいぜい数人だろう。
「大損害だ。皆にどう説明すればいい?」
この若い女冒険者で釣り合う戦果ではない。もちろん、士気など上がらないだろう。こちらの損害の方が大きいのだから。
奇襲を受けて被害が出るよりも、もっとひどい。敵にこちらから挑みかかって敗走したのだから。
「襲撃部隊を編成したのはわたしです。死んだ彼らの仲間には、わたしが説明を」
「いや、ヒンナ。これはわたしの仕事だ。命令を出したのも、敵の力を読み誤ったのもわたしだ。全部わたしの責任なんだ」
気が重い。それでも立場上、やらなければいけない。
エルマたちは人目を避けるように駐屯地に帰ったが、それでも兵士たちに見つかった。未帰還兵のあまりの多さに、兵士たちは落胆の表情をしていた。
士気は明らかに下がっていた。




